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渋沢栄一が描いた「鉄道の未来図」

 東急をはじめとする今の私鉄各社は、鉄道事業だけでなく宅地開発やレジャー施設の運営などと一体となって収益を上げている。阪急電鉄の創始者である小林一三は「乗客は電車が創造する」という言葉を残し、私鉄経営のモデルを築いた。それと同じように、渋沢も「宅地開発で住民を増やす」→「鉄道を敷設してその住民の交通の便を満たす」→「デパートやレジャー施設を作って沿線住民の暮らしがその路線だけで完結するようにする」という私鉄経営の理想を抱いていたのかもしれない。

 今の日本の鉄道網は、ざっくり言えばJR各社による主要都市を結ぶ中長距離路線と私鉄による都市部の通勤路線によって構成されている。そしてJRの中長距離路線ももとを辿れば明治時代前半に渋沢が盛んに設立に関わった私鉄各社にルーツがある。それらが国有化されてのち、これまた渋沢が設立した田園都市(つまりは東急)のような都市部の通勤を担う私鉄各社が勃興した。こうした流れをみれば、日本の鉄道網は大実業家・渋沢栄一がそのほとんどを築いたといってもいいのかもしれない。今、我々の暮らしの根幹をなすとも言える便利な鉄道は、渋沢栄一の存在あってこそなのである。

鉄道ファンのなかにも『新1万円札』を歓迎している人は多そうだ(財務省HPより)

 まあ、少し踏み込んで言えば、実業家の渋沢が鉄道経営に取り組んだのは“利益”が得られると踏んだから。もちろん社会貢献という意図もあろうが、カネが失われるばかりの赤字経営が見込まれるなら手を出さなかっただろう。ところが時代は過ぎて、今では地方の鉄道はほとんどが大赤字にあえぐ。もともと鉄道は維持コストが莫大で、よほど多くの人が乗らない限りは赤字になってしまう。民間実業家の立場で鉄道網構築に貢献したのが渋沢の“功”だとすれば、“鉄道は儲かるもの”というイメージを作ってしまったのは、渋沢の“罪”なのかもしれない。それももちろん、今の時代から見ればということではあるけれど。

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