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新1万円札の渋沢栄一 玄孫が語る“日本資本主義の父”の誕生秘話

あくまでも「民間の力」を重視した理由とは

日本の紙幣が20年ぶりに刷新されることになった。

新1万円札の表のデザインには「日本資本主義の父」と呼ばれた、実業家・渋沢栄一(1840~1931)。約500もの企業と約600もの社会事業の設立に関与。東京慈恵会、日本赤十字社などの社会事業や商法講習所(現・一橋大学)や日本女子大学などの教育機関の立ち上げにも参加した。

 (出典:「文藝春秋」2017年4月号)

 語り手は、玄孫で渋沢栄一記念財団の理事を務める渋澤健氏(55)。

武士への不満がはじまりだった

 栄一から数えて私は5代目に当るのですが、正直、孫の孫というだけの存在でした。

“日本資本主義の父”渋沢栄一 ©文藝春秋

 代々継いできた会社があったわけではありませんし、当然本人とも面識はない。父も普通のサラリーマンでしたし、家に栄一の本が置いてある程度。しかも小学校2年から大学を卒業するまでアメリカで育ち、社会人になってからも外資系金融機関で働いていたので、長いこと“偉大なご先祖様”を意識することは殆どありませんでした。

 勉強するようになったのは、2001年、投資コンサルタントとして独立しようと思い立ったときです。自分で会社を作るなら、一生で500もの会社を作ったという曾々お祖父さんの言葉を読んでおこうと思ったのが切っ掛けでした。例えば『青淵百話』という書籍の中には、今の言葉で言うなら「リスクを取りなさい」ということが書いてあります。そこで「これはいまの仕事にしっくり来る言葉だな」と都合のいいように解釈したりして、栄一研究にのめり込んでいきました。いまでは栄一に関する著書も何冊かあります。

 様々な書物を読んで分かったのが、栄一が事業を興す際に大事にしていたのは、第一に「民間の力を高めなければならない」ということです。そこには彼が埼玉県深谷市の富農の生まれだったことも関係しているでしょう。彼が生まれた江戸時代の秩序ではもちろん「士農工商」。武士が一番偉くて、商売人は下です。武士に対して、仕事もしないのに年貢だけ要求しやがって、というフラストレーションがあった。明治維新によってその旧秩序が崩壊した時に、彼のフラストレーションを解消したのが、民間における起業だったのだと思います。