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簡単に美談にしてはいけない……巨人ファンは高木京介とどう向き合うべきか

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/05/08

 なぜ、美談のようになっているんだろう? それは違うでしょう。

 4年ぶりの白星を挙げた巨人・高木京介投手について、

"どん底から這い上がった左腕"
"苦難を乗り越え手にした1307日ぶりの白星"

 といった見出しがスポーツニュースに並ぶのを見て、そう思わざるを得ませんでした。

5月2日の中日戦、4年ぶりの白星を挙げた高木京介

逆転劇の立役者となった高木京介

 5月2日の中日戦。2点ビハインドの5回1死一、二塁の場面でマウンドに上がった高木京介投手は見事なピッチングを見せました。最初の打者高橋周平を2球で追い込むと、最後は142キロの直球を外角低めにズバッと決めて3球三振。「おぉ……ナイスボール!!」思わず私もそう口にしていました。後続も断ち、劣勢だった東京ドームの空気が変わります。炭谷選手の移籍後1号ホームラン、さらに岡本選手の天井タイムリー、陽選手の看板ホームランという、なんとも派手なイニングで味方が一気に逆転。宮本コーチが「高木京介のピッチングがあって炭谷のホームランにつながっているのではないか」と話したように、ジャイアンツファンの心が躍った逆転劇の立役者は高木投手だったと私も思います。

 高木投手はこの日、2015年10月以来4年ぶりの白星を手にします。12年のデビューから通算146試合に登板して7勝0敗。自身が持つデビューからの連続試合無敗記録を更新しました。この日のように、試合の流れを引き寄せる力が彼のピッチングにはあるのでしょう。今年、4年ぶりに復帰した原監督は高木投手がデビューしたときにも指揮を執っていました。彼の良さを知っているからこそチャンスを与え、再生させることができたのだと思います。

 リリーフ陣に不安のある今の巨人にとって、実績も経験もある高木投手の存在はやはり大きい。高木投手は戦力として、間違いなく巨人に必要なプレイヤーだと思います。でも……やっぱり「あの事」をなかったことにはできません。プロ野球のマウンドは、立ちたいからといって立てる場所ではありません。続けたくても続けられない。そんな選手が毎年グラウンドを去っていきます。中には病気やケガで戦列を離れ、必死の治療やリハビリを経て復帰を果たす選手もいます。そんな選手たちの復活劇と高木選手のそれを同列に扱うことはやはりできないと思うのです。

日本中の野球ファンを裏切った出来事

 2015年、野球賭博に関与したとして、高木投手は1年間の失格処分を受けました。

 浪人生活と育成契約期間を経て1軍のマウンドに戻ってきた高木投手に対する世間の風当たりはいまだ強いものがあります。高木の名前がコールされると相手チームのファンからはブーイングが沸き起こりますし、巨人ファンの中にだって彼の復帰をよく思わない人もいるでしょう。

 日本中の野球ファン皆があの時裏切られたのだから、当然かもしれません。私だって当時は高木投手に対して怒りを爆発させました。「ふざけるな」。彼にそう伝えたかったぐらいです。

 一方で、1軍に戻ってくるまでの道のりで、彼がどれほどの努力をしたか、ということももちろん無視することはできません。その道のりは、私が想像する以上に過酷だったはず。その間、身も心も泥だらけになって努力していたと思う。実戦から離れ、先も見えない中での練習は、気持ちを維持することも困難だったでしょう。そういった意味では、こうして1軍のマウンドに戻ってくることができた高木投手はやはりただ者ではないと思います。

 でも、だからといって簡単に許すことはできない……。ジャイアンツファンも、いや、ジャイアンツファンだからこそ、彼に対してはそんな複雑な気持ちを持たざるを得ないのです。