おや?と思ったのは、大統領選挙が起きた直後だ。
フェイスブック上の「ウィメンズ・マーチ・オン・ワシントン」に「招待」された。
ポートランドやカリフォルニアの友人が、そしてニューヨークの友人たちが、次々と「参加」をクリックしていく様子が、タイムラインで明白にわかる。
ドナルド・トランプ大統領が当選した翌日、ハワイの女性が企画したイベントで、就任式が行われる1月20日の翌日、ワシントンDCを歩く「ウィメンズ・マーチ」のために、全米に散らばった友人たちが飛行機のチケット、ホテルを予約している。ニューヨークでは、驚くべきスピードで、ワシントンに行くためのバスがアレンジされていく。市街の友人から「帰りに泊めてほしい」というリクエストがくる。
歴史的な瞬間がやってくるのだ、と認識した。
アメリカ国民のおよそ100人に1人がマーチに参加
古くには、1957年を皮切りに、マーチン・ルーサー・キング牧師率いる群衆が、マイノリティの公民権是正を求めてワシントンを2度行進した。60年代、70年代には、女性の権利拡大を求めて、またベトナム戦争の終結を求めて、たびたびマーチが行われた。私がニューヨークにきてからも、LGBTQの権利拡大を求めて、またイラク侵攻に反対して、たびたびマーチが行われてきた。今回の「ウィメンズ・マーチ」は、ワシントンDCを筆頭に、ロサンゼルス、ニューヨークといった大都市から小都市まで500カ所以上で同時に行われ、参加者の数は、コネティカット大学のジェレミー・プレスマン教授と、デンバー大学のエリカ・チェノウェス教授が発表したデータによると、327万人~483万人の間と推計されている。
アメリカの人口が約3億2400万人だから、国民のおよそ100人に1人がマーチに参加したことになる。
アンチ・トランプのフレーズをボードに描く
自分もスケジュールがクリアになった段階で、すぐに前日の電車(アムトラック)のチケットを予約した。「翌日歩くことを考えるとバスは辛い」と知恵を授けてくれた友人が、「うちの母が持つアパートに泊まったらいい」と誘ってくれた。
前日の夕方、友人のキャロラインとともにプリーベ家に到着すると、母のサンドラ、弟のオースティン、オースティンの妻のアンジェラ、友人のアリーサとジョンが到着していた。その夜は、サンドラが作ってくれた簡単な夕食を済ませ、一家はサインづくりにとりかかる。散々協議が行われたのち、オースティンが買ってきたという画材を使ってボードに描かれることになったのは、こんなフレーズだ。
Think outside of my box (私のボックスの外で考えて ※ボックスは女性の体の意)
Can't touch this(さわれません。猫のイラストとともに)
Audacity of Grope (オバマ大統領の自伝『Audacity of Hope』に痴漢行為を意味するGropeをひっかけて)
Trump Lies Matter (黒人の市民に対する警官による殺傷行為に反対するムーブメントのスローガン、Black Lives Matterにひっかけて)
サンドラは、家具のビジネスを営んでいたキャロラインの父親と20年ほど前に死別して以来、シングルのワーキングウーマンだ。自他共に認めるリベラルで、ワシントンとウィスコンシンを行ったりきたりして過ごしている。昨年は、ホワイトハウスのインテリアをデコレーションする仕事にも参加した。サインづくりの途中、ウィスコンシンにいるサンドラの母親に電話したり、サンドラの兄弟で、キャロラインの叔父たちの話題が出たりしている。
「兄弟はふたりとも共和党支持。甥っ子や姪っ子たちも共和党になってしまった。母の気持ちを考えるといたたまれない。彼女はプログレッシブなのに」
前日には、ワシントンで、トランプ支持者と反トランプのデモが衝突したというニュースもあった。アナーキストの集団<ブラック・ブロック>が、大企業の窓ガラスを割って回ったりもしていた。
「たぶん大丈夫だと思うけど」と、催涙ガスが使われたときに備えてサンドラがタオルを渡してくれた。互いの腕に、緊急連絡用の電話番号をマーカーで書きあう。
これまで家族3人でたびたびマーチを歩いてきたというプリーベ家の「マーチの知恵」があるのだった。