昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

思考は実現する――勝てなかった中日・大野雄大を変えた言葉たち

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/06/18

 開幕前夜、大野雄大は田島慎二、小熊凌祐と横浜市内の中華料理店にいた。長い戦いの健闘を誓いながら、左腕は手酌で終始ノンアルコールビールを口に含んでいた。

「禁酒はキャンプ初日からです。好きなものを断とうと。今年にかけています」

 3年連続二桁勝利や2年連続開幕投手など大野雄はエースへの階段を駆け上がっていた。しかし、去年はまさかの0勝。一気に輝きを失った。

18年シーズンを0勝で終えた大野雄大 ©文藝春秋

去年の悪夢を振り払うために

 今年、1つの信念がある。

「勝ち星は二の次。大切なのは試合を作ること」

 きっかけは与田剛監督の言葉だった。

「去年のオフ、『来年は170イニングを投げて欲しい』と言われました。だから、それが最終目標。そのためにはまず、1年間ローテーションを守らないといけないし、そのためには毎回試合を作ることが必要と考えるようになったんです」

 キャンプは順調だった。周囲の評価は上々。「球が走っている」「顔つきが変わった」と賛辞が並んだ。しかし、本人は疑心暗鬼だった。

「正直、自信がなかったんです。オープン戦で(アレックス)ゲレーロに3ランを打たれましたし、開幕して本気になった1軍のバッターを抑えられるのかと」

 どうしても、去年の悪夢がよぎるのだ。

「思考は実現する。プロのアスリートは子供の頃からの夢を叶えた人たち。大野もその一人。思っていることが起こるし、起こす力がある。だったら、ポジティブなことを思うようにしよう」

 3月のナゴヤドームの練習中、塚本洋コンディショニングコーチが語りかけた。

「去年はネガティブでした。序盤で失点すると『今日も5回まで行けない』と不安になり、フォアボールを出すと『またや』と落ち込んで、マウンドで敗戦コメントまで考えていました。でも、塚本さんの言葉で考え方が変わりました」

 具体例を挙げた。

「例えば、右バッターのインコースのストレート。去年まではカウント球で良い所に決まると、『もったいない。決め球に取っておけば良かった』と悔やんでいました。でも、今は『投げられた事実があるなら、絶対もう1回そこへ投げられるはず』と思っています。あと、失点後も『仕方ない。試合を作ればいい』と切り替えられるようになりました」

 プラス思考の成果は3月19日のオリックスとのオープン戦で出た。3回表、大野雄は思わぬ形で失点する。

「ノーアウト2塁から2アウト3塁までこぎつけて、ゼロで行けると思ったんです。ところが、初球のスライダーを加藤(匠馬)ちゃんがパスボール。それも、横にはじいたボールを見失っている間にホームインでした」

 スタンドはざわついた。

「でも、全くイライラしませんでした。その後を抑えればいいと」

 結局、7回1失点で勝ち投手。2日前には首脳陣からホーム開幕戦の登板を伝えられていた。生まれ変わった姿を見せる準備は整った。

 しかし、実はもう1つだけ納得していないものがあった。

「ストレートです。ゴリゴリに押すピッチングが果たして本当にできるのかと」

ただ、幕は待たない。4月2日の広島戦。午後6時15分。球審の右手は上がった。

「1番の田中(広輔)からストレートで三振が取れたんです。あれでやっと『今年は行ける』と思ました。僕の中では無茶苦茶でかい三振。田中は外の真っ直ぐに強く、150キロでもコンパクトに左中間に弾き返すイメージがすごくあるんです。でも、その田中を真っ直ぐで仕留められました」