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“史上最弱の泥団子集団”で戦い抜いた19歳 中日・伊藤康祐よ、“竜の熱男”になれ!

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/06/28
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 交流戦を8勝10敗で終えた中日ドラゴンズ。

 正直、負けっぷりがすさまじすぎて(例:最終回に2点勝ち越したら3点取られて逆転サヨナラ負け、5点リードしていたのに最終回に6点入れられて逆転サヨナラ負け、16点入れられて完敗など)、正直なところ「パ・リーグ相手に8つも勝ったの!?」と思わなくもない。とはいえ、平田良介をはじめとするケガ人も続々と実戦復帰しており、夏場に向けて反撃ムードも高まってきた。

 そこで、戦線に復帰して大暴れしてもらいたいと期待している選手がいる。2000年生まれの19歳、背番号49の伊藤康祐選手だ。

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 もちろん今は故障中だし、無理はしてもらいたくない。万全の体調でプレーしてもらいたいし、、何より大きく育ってほしい。それに中軸の選手たちがスタメンに戻ったら、なかなか割り込む余地はないかもしれない。

 それでも、伊藤康祐には期待してしまう何かがある。それを今から書きたいと思う。

「史上最弱」の「泥団子集団」で戦い抜いた伊藤康祐

フェンスを恐れないビッグプレー

 デビューは鮮烈だった。平成最後の試合となった4月30日、東京ドームでの巨人戦。与田剛監督は一軍経験ゼロのヤングドラゴンを一番左翼のスタメンとして大抜擢した。苦しい戦いが続く中、チームに若さと勢いを与えるためだ。進言したのは工藤隆人外野守備走塁コーチである。

 見せ場はいきなり1回裏にやってきた。

 巨人に1点先制され、なおも1死1、2塁のピンチ。石川慎吾の痛烈な打球がレフトを襲うが、伊藤康祐はフェンスをまったく恐れずダイビングキャッチ! ボールは一度フェンスに当たっていたが、結果は1塁ランナーを封殺するレフトゴロ。2軍では英智コーチに「フェンスと会話しろ」と教えられていたという。さすが英智コーチ……。

 解説の立浪和義さんも驚いたこのビッグプレーで大野雄大は見事に立ち直り、ドラゴンズは3対1で勝利した。第1打席ではプロ入り初ヒットも記録している。翌日は大本営・中日スポーツの令和初の1面を奪取してみせた。

 その後も猛打賞を記録するなど奮闘するも、6月頭に左太ももの故障で戦列を離れることになる。

 武器は50メートル5.8秒のスピード。運動会で兄が走っていると、自分も勝手に出ていって一緒に走る元気な子だった。陸上部に所属していたこともある。

 伊藤康祐の球歴は華々しい。中1でボーイズリーグの日本代表として世界大会に出場。最優秀選手賞を受賞し、日本チームの優勝に貢献した。中3のときには野茂ジャパンに選出され、ロサンゼルス遠征を経験した。余談だが小5の頃、星野仙一さんとキャッチボールしたこともあるそうだ。

 中京大中京に入学すると、1年秋にレギュラーを獲得。2年秋からは主将を務めるようになる。しかし、ここから苦難が始まった。

一人ずつは泥でも集めて磨けば強くなる

 2016年の秋、選抜大会出場をかけた東海大会の準決勝。2点リードで9回ランナーなし、2アウト2ストライクまで相手を追い詰めるが、エラーからまさかの逆転サヨナラ負け。伊藤康祐は「普通じゃ考えられない負け方で、その後、夢に出てくるほどでした」と振り返る。あれ、どこかで聞いたような……。

 翌年の春季愛知県大会ではライバルの東邦にまさかのコールド負け。自滅だった。甲子園での通算勝利数と優勝回数が全国最多という超名門校で、伊藤康祐たちの新チームは「中京史上最弱」とレッテルを貼られてしまう。

 背水の陣となった夏の県大会直前。主将の伊藤康祐をはじめ、選手たちが自らスローガンを考えた。

 その名も「泥団子集団」。

 泥まみれになって1球、1球を大切にしながら泥くさくプレーするから「泥団子」。凡打でも打者の足が遅いと選手たちから「泥臭くないぞっ!」と掛け声が飛んだ。「軍団」じゃなくて「集団」というのもいい。「軍団」は自分たちを強そうに見せている。そういう余計なプライドはいらない。監督が「これでいいのか」と尋ねても、選手たちは「自分たちは下手くそなんで」と押し通した。伊藤康祐は言う。

「強くなるにはチーム力しかない。かっこつけずに泥くさくやっていこうぜと。一人ずつは泥でも集めて磨けば強くなる」

 その結果、夏の県大会はただ一度のリードも許さず、破竹の勢いで優勝。泥団子集団は甲子園への切符を手に入れた。

 しかし、この年の甲子園は、清宮幸太郎(現・日本ハム)、安田尚憲(現・ロッテ)、中村奨成(現・広島)ら怪物がウヨウヨ。甲子園にはいなかったが村上宗隆(現・ヤクルト)も同学年だ。1回戦、中京大中京は広陵に10対3の大差をつけられてしまう。だが、泥団子集団は最後まであきらめなかった。

 9回裏、つないで、つないで3点返した。この試合で本塁打を打っていた伊藤康祐は「最後まであきらめずに戦おう」と仲間を鼓舞しながら最終回にもタイムリーを放っている。

「格好はつけない。甲子園でもどろどろになって野球をやる。それが俺たちの生命線ですから」

 試合前の言葉どおりの戦いぶりだった。試合後も胸を張ってこう言った。

「チームが一体になり、泥臭く戦う自分たちの良さを最後に出せた。『最弱』と呼ばれたこともあったが、主将をやって本当に良かった」

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