一躍人気作家となった後に
逆に今度は仕事に忙殺されるという新たな地獄を経験した水木は、「家族や親しい友人との時間を大切にしたい」との想いから、仕事をセーブしてより人生を謳歌(おうか)する作家としての道を歩み、晩年は自らの名言「なまけ者になりなさい」をでき得る限り実践。決して「なまけよ」と言っているのではなく、若いうちは自分にそう言い聞かせるぐらい働きなさい、そして歳を取ったらゆっくり過ごして家族や友人との時間を大切にしなさい――という意味だったのだな、ということも本展示の水木作品全体を俯瞰しているうちに解ってくる。
「水木しげる 魂の漫画展」は、水木の93年の生涯で自らが体験・体感した想いや考えから生まれた作品、その作家性や思想がこもった画稿・原稿にスケッチ等々がセレクトされており、まさしく水木の“魂”を感じることのできる構成となっていると言える。1枚1枚の絵に、その瞬間、その時々の水木の想いや考えが封じられており、一つひとつが水木の“魂”そのものと言っても過言ではない。
『ゲゲゲの鬼太郎』ファンとしてマニアックに嬉しいのは、展示された水木の“創作メモ”の中に散見される、アイディアだけに終わった『鬼太郎』の幻の設定だ。名作「大海獣」は’96年に劇場アニメ作品になったほど『鬼太郎』を代表するエピソードのひとつだが、メモの中にはこの作品に関する記述、「鬼太郎が念力でユダヤの巨大な魔神ゴーレム像を操って大海獣と戦う」という走り書きがあり、思わず「おおっ!」と唸り声をあげてしまった。
実際の作品では鬼太郎自身が大海獣に変身させられ、鬼太郎を大海獣にした悪い科学者が操縦するメカ大海獣と戦う、という驚愕の展開を迎えさせているが、『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンドよろしく鬼太郎が魔神ゴーレムを操って大海獣と戦う姿も見てみたかった。会場の随所には、縁のある方のインタビュー映像を流すモニターが設置してあるが、当時は水木先生のアシスタントであった漫画家・池上遼一の証言もあり、これも実に歴史的資料的価値が高い。特に有名な妖怪画「雪女」のスケッチから仕上げまでを池上が手がけていたという証言は水木ファンにはたまらないものがあり、その池上が本展示のために描き下ろした鬼太郎のイラストも貴重極まりない。