自身の戦争体験を綴った生原稿の迫力
そして自身の戦争体験を綴った『総員玉砕せよ!!』(’73年発表)。こちらの生原稿にはもはや文章など微塵も太刀打ちできない“画力”を以て“戦争”を表現し、生き残った者としての“戦死者たちへの想い”を訴えかけている。
「ぼくは戦記物をかくとわけのわからない怒りがこみ上げてきて仕方がない。多分戦死者の霊がそうさせるのではないかと思う」、「本当の戦記物というのは[戦争のおそろしいこと][無意味なこと]を知らせるべきものだと思う」という水木自身の言葉がそのまま、言葉以上の“絵”となって見る者を圧倒する。晩年、水木は『カランコロン漂泊記:ゲゲゲの先生大いに語る』(小学館)の中で、自らの死生観を猫に託して「死後何も持ってゆけないし、自分のカラダだけだ。この世は通過するだけのものだから、あまりきばる必要ないよ」と語らせているが、2015年に発見された出征前執筆の手記の中では「毎日五万も十万も戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。今は考える事すらゆるされない時代だ」と迫り来る死への恐怖を赤裸々に綴っていた。やはり幾度も生死の境をさまよい、100年近い人生を生き抜いてきたからこその境地だったのだ。
未完の「虫の絵本」が初公開
水木の虫への愛も有名だが、特に幼少期から少年期にかけては虫にまつわる創作が多く、虫の王国を描いた一大絵巻も存在し、今回展示されている。本展示の目玉として2000年代初頭に描かれた未完の「虫の絵本」も初公開され、図録の付録として縮小再録されているが、晩年近くに描いていたのが虫の絵本であることも大変感慨深い。「三つ子の魂百まで」というより水木の作家性、画家としての創作精神・魂がそこにあると思えてならない。「私が幸福だと言われるのは、長生きして、勲章をもらって、エラクなったからではありません。好きな道で60年以上も奮闘して、ついに食いきったからです。ノーベル賞をもらうより、そのことの方が幸せと言えるでしょう」という水木の言葉が具現化したものであろう。つまり虫も人間もいっしょ。ヘタをしたら余計なしがらみのない虫の方がよほど幸福かもしれない……この絵本の実物原稿を見て“生命は平等”という水木精神をその場で体感していただきたい。
本展示、約300点にも及ぶ1枚1枚の絵画・原稿の中で今も生き続けている水木の魂と精神を感じ取り、めいめい持ち帰って欲しい。そうすれば放送中のテレビアニメ『鬼太郎』もまた新しい目で観られることだろう。鬼太郎や目玉おやじ、ねずみ男やねこ娘の中には、きっと今も水木しげるの魂が生きているはずだ。
「水木しげる 魂の漫画展」2019年6月8日(土)~7月7日(日)
そごう美術館(神奈川県横浜市西区高島2丁目18-1)にて開催。
URL:https://www.nhk-p.co.jp/event/detail.php?id=700