陸上自衛隊がもっともお世話になっている外国軍人
白大将は、韓国陸軍の最長老で、親米・知米派の重鎮と目される。盧武鉉政権がアメリカから距離を置き始める中、2005年、ブッシュ政権はわざわざ在韓米軍司令官ラポート大将のエスコートで白大将をワシントンに招き、改めて最高の勲章を授与したという。
また、白大将は、韓米関係のみならず、反日感情の強い韓国にあって、日韓関係の重要性を誰よりも良く認識しておられる方である。
白大将には、御多忙の合間を縫って、陸上自衛隊幹部学校や富士学校などで活発に講演などをしていただいた。また、自衛隊の各種学校の韓国研修の際は、朝鮮戦争の戦跡で、自らの戦争体験を淡々と語られ、戦場の実相と指揮・統率のあり方なども教育していただいた。陸上自衛隊にとっては、もっともお世話になっている外国軍人と言っていいだろう。
私がソウルにいる時も、「福山さん、日本からお客様が来られているのでお食事でもしませんか」とたびたび御招きいただいた。実際に行って見ると、久留米の幹部候補学校生や防衛大学校の学生達と、まるで可愛い孫達と語らうが如く和気藹々と会食をしておられた。
政権内で日韓関係の重要性を説き続けた
白大将の日韓関係強化への貢献は自衛隊関係だけに留まらない。
白大将は現役時代から「日本との国交樹立と友好関係の必要性」を主張してきたが、1961年に駐仏大使として赴任すると、日本の政治家や外交官との交流を深めた。当時の韓国政府内部においては、依然として日本との国交回復に慎重なグループもいたが、白大将は日韓国交回復の重要性を熱心に説き続けた。同年に朴政権が誕生すると、これまで停滞していた日韓国交正常化交渉の再開に向け、陰で尽力された。
朴大統領は朝鮮戦争のある戦闘で白大将に助けられ、それ以降、白大将を「命の恩人」と慕い、白大将の助言には謙虚に耳を傾けたといわれる。また、日韓交渉の韓国側の立役者であった金鍾泌氏は軍人時代、白大将の部下であった関係上、何かと白大将の助言を求めたと言われている。白大将は、朴正煕・金鍾泌という韓国の2人の首脳との人間関係をベースに、日韓関係の重要性を説き続けた。
1965年に行われた英国チャーチル首相の国葬の際、白大将は駐仏韓国大使として日本大使とも協力しつつ、葬儀参列のため訪英した岸信介元総理と韓国の丁一権国務総理との、条約締結交渉に向けた予備交渉にも関わるなど、日韓国交正常化に裏方として尽力されたと聞いている。