先生の言葉を遮って僕は質問をした。
「先生、野球に携わっていたんですか?」
先生は満面の笑みで、
「定年迎えるまで高校野球の指導者として野球に携わっていた」と、更に、
「バックホームの試合知らんかの? 松山商業と熊本工業の夏の甲子園の決勝よ。ワシ、野球部の顧問としてベンチに入っとったんよ」
僕は思わず背筋が凍った……とでも表現するのが適切なのだろうか、マジか!!という衝撃が脳内を駆け巡る。
「野球の神様はおったんやなぁ……」
「お前さん、ヤクルトファン言うたよな。山部って知っとるか? あいつをピッチャーにコンバートしたの、ワシよ」
「巨人や南海に河埜っておったやろ? あれもスカウトしたの、ワシよ」
「近鉄の水口は賢くてのぉ……。巨人の桑田と清原は松山商業が狙っとったんよ」
どれもプロ野球ファンからすれば「うおおおお」とテンションが上がる話である。案の定僕も興奮しつつ、先生の話に耳を傾けた。
「ワシな松山商業に赴任しての、顧問として野球部におったんよ。ほんでな、宇和島東の……岩村を抑えて一安心よ。甲子園にも出てな、安堵しとったんよ。それがな、まさかの決勝よ。決勝なんて行けると思ってなかったけんな」
うんうん、と僕。
「矢野がの、ライトに行ったんじゃ。澤田監督がの、ライトを矢野に代えて。ワシ、あーもう負けたと。矢野は送球に難があってな……。熊本工業のバッターがライトに打つんよな。ワシ、その時何故かアルプススタンドをぼーっと眺めてて……金属音が聴こえて……負けて悔いなしと。ライトに視線を落としたら矢野が全力でバックホームしとる。カットにボール投げんでまたノーバウンドで放ったんか。こいつ学習能力ないのぉ……あーあ、と思っていたらアウトよ。それで思ったんよ。野球の神様っておるんやなって。ほんでワシ涙出たよ。諦めてた自分が情けなくてな」
「(ここに野球の神様!!と祈ってた子供がおりますけど)」と内心思いつつ、「凄い経験ですね……」と僕。
「野球の神様はおったんやなぁ……」と先生は顔をクシャクシャにして笑っていた。
先生との出会いから更に10年以上経った。僕は公務員試験を無事合格したのだが、紆余曲折して今は民間企業に就職している。先生とは予備校を卒業してから一切会っていない。そればかりか、先生の話は本当だったのか……という点についても事実確認せず不明なままだ。ただ、一つ言えることは、あの伝説のバックホームの試合には野球の神様が居たという話だけだ。野球の神様は時に優しく時に厳しい。今年、野球の神様はどんなドラマを甲子園で見せてくれるのだろう? 楽しみな夏がまたやってくる。
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