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松山商業「奇跡のバックホーム」と10年後の不思議な出会い

文春野球甲子園 2019

2019/08/07

※「文春野球甲子園2019」開催中。文春野球のレギュラー執筆者、プロの野球ライター、公募で選ばれた書き手が、高校野球にまつわるコラムで争います。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】兵頭豆腐店(ひょうどうとうふてん) 愛媛県代表 31歳

◆ ◆ ◆

 時は平成8年、夏休み中だった小学生の僕は母方の実家の居間で祖父と2人、テレビ画面に釘付けになっていた。

「ああ、マッショウ(松山商業)は負けるかもしれんの」

 普段口数が少ない祖父がボソッと呟いた。

 あの夏の甲子園……第78回全国高等学校野球選手権大会決勝戦は愛媛県代表の松山商業vs熊本県代表の熊本工業となり松山商業がやや優勢に試合を進めていた。

 ところが、である。終盤熊本工業が追い付き、気が付くとスコアボードは延長10回表を指していた。熊本工業の攻撃、一死満塁で迎えるバッターは3番ファースト本多。松山商業の澤田監督はライトを指さして勢いよく交代の選手が全速力でライトのポジションへ駆けて行く。

「これ、熊本工業のサヨナラ勝ちやのぉ」

 と祖父のため息混じりの声。松山商業ファンの僕は怖くてテレビ画面を一切見られず両目を閉じ頭の上で両手を重ねてただただ祈っていた。

「(野球の神様お願いします……松山商業が優勝出来ますように……)」

 甲高い金属音からボールを弾く音。打球はどうやら外野に飛んだらしい。

 実況アナウンサーの絶叫が聞こえる……。

「(野球の神様!!)」

あの夏から10年 予備校で衝撃的な出会い

 あの夏の甲子園の決勝戦から10年経った平成18年、僕は高校を卒業して何を思ったか「公務員になろう!!」と奮起し、公務員の予備校に通っていた。ただ、義務教育期間中、全く勉強をせず、ひたすら言い訳だけをして苦手な勉強から現実逃避していた代償は大きく、予備校に通い始めて全く勉強が……いや、特に数学が出来ずに頭を抱える日が続いていた。もはや数字を見るだけで蕁麻疹が出そうなくらいの拒否反応である。

「(憂鬱じゃ……)」

 数学の授業に限って机に頭を伏して、右手で鉛筆をクルクル回す時間が続く。そんな時、数学担当のおじいちゃん先生(以下先生)が授業終わりに唐突に話しかけてきた。

「お前さん、数学苦手じゃろ。わしが付きっ切りで教えてやるけん」

 はぁ……と声にならない声で返事をする僕。先生は笑顔で僕を見ていた。

 翌日から空いてる時間は、先生とマンツーマンで数学の勉強を基礎から始めた。先生は論理的に分かり易く何度も何度も繰り返し教えてくれる。出来れば褒めてくれて、間違えても「今間違えて良かったの。本番(公務員試験)の時に間違えたら冗談にならんけんな」の一言。

 マンツーマンの個別授業が始まって数日経った時だろうか、先生を待っている間、僕は予備校の最寄りの駅で買った週刊ベースボールをパラパラと眺めていた。

「おー、ヤクルトの岩村やないか」

 僕の背後から、先生が話しかけてきた。どうやら、先生は野球が好きみたいだ。先生の言葉は更に熱を帯びてくる。

「岩村はのぉ、あいつ凄まじかったから敬遠したんよ。まともに勝負したらホームラン打たれるけん。凄かったよ。とにかく岩村は凄かった。ただ松山商業として宇和島東には負けられなかったのよ」

「あの夏の甲子園、ワシは顧問としてな、ベンチに入っとったんよ。あの夏は暑くてな。とにかく……暑くて」