1ページ目から読む
2/2ページ目

一人でやってきた熱狂的ファンの中学生も

「春節期間前後の中の1月25日から2月3日まで、市内の『まちなか観光案内所』を訪れた外国人客の合計は566人。統計は今年から取りましたが、印象としては昨年の倍以上の人が来ていると感じます。彼らの8割くらいは『君の名は。』の聖地巡礼が目的だと思いますね。ほぼ全員が個人旅行で、20~30代の方が多い印象です」

 飛騨市商工観光部観光課の職員は筆者の問い合わせにそう話す。同課の統計によれば、春節期間中の外国人客の内訳はこうなる。

台湾人……218人
中国人……134人
香港人……134人
シンガポール人……28人
タイ人…‥25人
韓国人……15人
マレーシア人……12人

ADVERTISEMENT

『君の名は。』は台湾で昨年10月21日、香港で同11月11日に中国大陸に先駆けて公開されている。台湾人が中国人よりも多く、また香港からも大勢の人が来ているが、これは航空券やホテルを早期に予約した人が多い点も関係しているのだろう。ちなみに現地取材をおこなった2月3日、私は駅構内を除く古川地区の市街地で2時間以内に合計10組・30人以上の外国人観光客に出会ったが、彼らはいずれも中国人だった。

 経済効果については明確な統計が取られていないが、市内の美術館で開催中の『君の名は。』展のミュージアムショップでは作品のオフィシャルグッズを数万円分も「大人買い」する外国人観光客が何人も観察されているという。地場の土産物の売れ行きも好調であり、近隣の高山市のホテル需要も刺激されているようだ。

飛騨古川駅のホームを埋める、中国人や台湾人と思しき観光客たち。

「中国人の場合は、とにかく大学生や社会人のカップルが多いですね。大部分が個人旅行者ですが、日本語ができる人は全体の1割ほどだけです。出身地はやはり北京と上海が多く、あとは大連や広東省の方もけっこういる印象。事前に情報をみっちり調べてくる人も大勢おられます」

 現地の観光案内所に所属する中国語通訳案内士の女性はそう話す。わざわざ個人で飛騨の山奥まで聖地巡礼にやって来るような中国人は、お金に余裕があって恋人や友人と旅ができるような“リア充”の若者が多いようだ。

 例年、飛騨市は厳寒期に外国人観光客が減少するが、今年ばかりは別らしく、1日で90人近くの外国人が案内所を訪ねた日もあったという。むろん案内所に寄らない人もいるため、インバウンド客の実数はこれよりも多い。

「印象に残っているのは、ある中学生の男の子。日本語も英語もほとんど喋れないのに、中国から来たご両親が名古屋観光をしている間に、なんと一人で電車に乗って飛騨古川までやってきたんです。しかも2日連続ですよ、夜は名古屋のホテルに帰っていましたが(笑)。中国国内で『君の名は。』を十数回も見たという熱狂的なファンの子でした」(同上)

食堂のノートに残された正しき「巡礼」の足跡

 市内の食堂に置かれたメッセージノートのページをめくると、英語や中国語・韓国語・広東語の書き込みも目立つ。自作のイラストを描いている人もおり、正しき「聖地巡礼」の姿を感じさせた。

市内の食堂「味処古川」に置かれたメッセージノート。南京から来た4人組の1人は「次は将来の彼氏か夫と一緒に来たいな。君の名は……」と書いている。
同じく「味処古川」のノート。春節の大晦日に遊びに来たという。
飛騨市図書館の『君の名は。』コーナーにあるメッセージボード。即興で描いたであろうヒロインの絵がかわいい。
同じく飛騨市図書館。飛騨古川駅は自動改札ではないため、あえて手元に残した切符を貼り付けて行く人も。

 以上のようになかなか楽しそうな感じだが、飛騨市によると外国人観光客の増加によるマナー問題は現時点で特に表面化していないという。作中でヒロインが暮らす街・糸守町のもうひとつのモデルとして、個人旅行の東アジア系観光客が多く訪れる諏訪市の観光課も同様の見解だった。

爆買い一段落の象徴?

 事実、数年前に多かった「爆買い」集団や都内の銀座や歌舞伎町などで見かけるツアー団体の人たちと比べると、飛騨古川で見かける中国人は独特のギラギラ感がなく旅慣れた印象を受ける。訪日中国人客の人数は昨年1年間でも約637万人に達しており、母数のボリュームが大きいだけに、彼らはさまざまな属性の人たちによって構成されているのだ。

 ギラギラ中国人と旅慣れ中国人。むろん、受け入れる側にとっては後者の人たちのほうが接客をしても気持ちがいいはずだし、街の一般商店や食堂・寺社などにもお金を落としてくれるので、大手旅行会社のツアー先に組み込まれにくい地方都市にとってはありがたい存在に違いない。

 爆買い現象が一段落し、さらに今年の春節では中国人ツアー客の大幅な減少を伝える報道も出ている。そんななか、地方のインバウンド誘致の新しいパターンとして、飛騨古川の事例はなかなか興味深い話と言ってよいのではないだろうか。

写真=安田峰俊