「武器よりもカメラを手に入れる」
筆者は普段、軍事関係についての記事を中心に執筆しているが、今回のあおり運転の件は国際情勢をめぐる動きと地続きの事象でないかと感じている。その一つが映像だ。
筆者が想起したのは、2016年に放映されたNHK BS1スペシャル『テレビと“戦争”』の一場面だ。ウクライナ南東部で親ロ派武装勢力と交戦しているウクライナの民兵組織アゾフ大隊の広報担当者が、「5000ドルあれば、武器よりもカメラを手に入れる。カメラならば世界中の標的に届くからだ」と語っていたことだ。現にアゾフは、日本メーカーの一眼レフカメラの、映像にも写真にも強いモデルを所持していた。
写真や映像の持つ力はそれほどまでに大きい。過去にも1972年に南ベトナム軍の爆撃で村を焼きだされた少女の写真は、国際的に大きな衝撃をもたらしたし、近年も2015年に溺死したシリア難民の男児の写真が世界中に拡散するや、欧州各国政府首脳は相次いでコメントを出す事態にまでなった。
喚起された感情はなんだったろうか
もっとも、戦争で負傷する非戦闘員の子供はずっと以前から大勢いるし、シリア難民の死者だって氷山の一角に過ぎない。結局の所、彼らと他の大多数を分けたものは、印象的なヴィジュアルとして配信されたかどうかだ。
あまりにもスケールが違うが、今回のあおり運転にしても同じだ。本来は「たまにある事件」として処理され、控えめな報道に終わる程度の話だった今回のあおり運転も、高速道路での危険行為に加え、車内の被害者に対する暴行まで鮮明に記録・公開されたことで、人々の感情を揺り動かした。その結果、京アニ事件後の大トピックとして扱われるまでになっている。
そして、映像により文章などとは比較にならないほど喚起された感情はなんだったろうか。映像が知れ渡った後、容疑者(便宜的にこう呼ぶ)を逮捕せよとの声は様々聞かれたし、指名手配前には容疑者の男女の名前と称する誤った情報が拡散されていた。また、警察の動きの遅さを非難する声も多々見られた。これらはいずれも「怒り」に起因するものと見られるだろう。