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 佐々木作品は基本的に「周囲にいる変な人を見守って、冷静さを保とうとする登場人物」という構造が多いので(たとえば『動物のお医者さん』、『Heaven?』、『チャンネルはそのまま!』等)、恋でもしようもんならその絶妙なバランスが崩れてしまう。いや恋するとしたなら、きっと真っ先に、佐々木作品に特徴的な「漫画のコマに書かれる、手書きの作者の声」からツッコミを受けてしまうのではないか。

そう、佐々木作品は恋愛を描かない。

「ハムテルや二階堂に恋人はいないのですか?」

 たとえば代表作とも言える、獣医学部を舞台に獣医学科の学生たちの物語を描いた『動物のお医者さん』の最終巻に掲載された「Making of 動物のお医者さん 動物のお医者さんができるまで 12」(『愛蔵版 動物のお医者さん』白泉社p375~p381所収)には、「ハムテル、二階堂、菱沼の中からカップルは生まれないのか? という質問も多かったですね」と綴られている。たとえば「読者からのお手紙」としてこんな内容が掲載されているのだ。

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動物のお医者さん (1) (花とゆめCOMICS)

「ハムテルや二階堂に恋人はいないのですか? 友達は不自然だと言っています。私は、――友達に言われるまで気づきませんでした」

 これに対して、作者・佐々木は「手書きの作者の声」でこう答えている。

「ずっと気づかなければよかったのに」

 そう、佐々木は、『動物のお医者さん』の主人公たちに「恋人がいないこと」を、あえて選択して描いていたのだ。決してなんとなく恋愛を描いていないのではなく、あえて、意識的に描いていない。

それでも、佐々木倫子作品に恋や愛は登場する

 しかしこんなことを言うと、「じゃあ佐々木倫子作品に恋だの愛だのは登場しないのか?」と聞きたくなってくる。その答えはといえば、「いや、登場するんだよ!」と主張したい。

 たしかに『動物のお医者さん』に、性愛つまりは男女のカップルとしての恋愛は登場しない。だけどたしかに「愛情」は登場する。『動物のお医者さん』の最終回は、このようなエピソードで終わるのだ。

 ハムテル(主人公)は、周囲のすすめから大学を卒業して開業しよう、という展開になる。しかし獣医学部の親友である二階堂(※男性である)は、ハムテルの足手まといになってばかりだと悪いから……と、ハムテルのライバルになる病院への就職をうっかり決めてしまう。だが、あれやこれやあって、結局ハムテルは二階堂と一緒に、開業することを決めるのだった。

 途中、二階堂が一緒に開業せず、ほかの病院に就職する……という展開のなかでハムテルが述べた台詞はこれだ。