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「そうですね… 二階堂がいなくなってひとりで診察ができるかと考えると…

ま できるだろうな と思うんですが

ひとりではどうも勢いがつかないですよ…」

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 ひとりでもできるけれど、彼がいないと、なんだか調子が出ない。単純に考えて、これ以上ない「愛のことば」である。

 作中では、これが愛のことばであることに、ハムテルは気がつかない。だけどこのエピソード、つまりはハムテルと二階堂が離れようとしつつも一緒に開業することを選ぶ、という展開を最終回に持ってきた佐々木は、確実に『動物のお医者さん』という物語のいちばんの愛情表現はそこにある、と暗に示している(ちなみにこの漫画の掲載紙は『花とゆめ』、押しも押されもせぬ少女漫画雑誌である! ここで愛情が描かれなくて何が描かれるというのか)。「一緒に開業する」つまりは「一緒に仕事をすることを選ぶ」ことが、『動物のお医者さん』で描かれた、愛情のハッピーエンドなのである。

©iStock.com

 だけどそこには、分かりやすいジェンダー規範に則った「カップル」の恋愛が存在するわけではない。もっと無意識下の、ジェンダーを度外視するような「愛情」の物語が伏流している。『動物のお医者さん』は、普通の少女漫画だと「結婚式」になるラストシーンを、「一緒に開業することのお祝い」として描いているのである。

2019年、佐々木倫子の感性に世間が追いついた

 そう考えてみると、『チャンネルはそのまま!』でも山根は明らかに執着という名の愛情を雪丸に抱いているが、それは絶対に自覚されることはない。同じようなことは『Heaven?』を内田樹氏が考察した際にも指摘されている(注2)。

 石原さとみ演じるオーナーに、福士蒼汰演じるサービスマンは、「絶対に恋をしない」ように描かれる。オーナーはあまりにも人のことを考えず、適当なことばかりを言い、傍若無人だ。だからこんな人に恋をするはずがない。どうなっているんだ、このオーナーは。

石原さとみ ©時事通信社

 と言いつつ、そこには「愛情」が存在する。それは、佐々木倫子作品における「愛情表現」の頂点が、仕事を一緒にすること、にあるからだ。

 様々なジェンダー観が周知されるようになり、さらに「恋愛」や「結婚」といった従来の規範に則ったラブストーリーを描きづらくなった今。だからこそ、佐々木倫子作品がドラマ化される。なぜならそこには、従来のジェンダー観を更新するかのような、これまでとちがった「愛情表現」が描かれていたからだ。

 むしろ、2019年になって佐々木倫子の感性に世間が追いついた……のかもしれない。むしろ今こそ、佐々木倫子作品が広く読まれる理由がそこにあるのかもしれない。

Heaven?〔新装版〕 (1) (ビッグコミックス)

佐々木 倫子

小学館

2004年12月24日 発売

注1……もちろん、必ずしもそういったテーマでないと放映されない、というわけではない。『重版出来!』(2016年4月12日~6月14日、全10回)などは、恋愛要素が薄めのドラマだったと言ってもよいだろう。

注2…… 「『Heaven?』はエロティックな要素がゼロであるところの恋愛物語であるが、それでも、それが濃密なラブストーリーであることが『語りのレベル』の切り替えを感知できる読者だけに感知できるように構造化されている」(「第三章 少女マンガ論」『街場のマンガ論』内田樹、小学館文庫p91)と指摘されている。