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「その執念はどこから?」 阪神・糸原健斗のルーツを辿る旅

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/09/25

「見てくれている人は必ずいますから」

 もちろん技術だけではない。選手としてある前に1人の人間として大切なことも培った。普段の生活や取り組みをきっちりすることが技術の向上につながるという明治伝統の“人間力野球”だ。打席に立った時の“なにかしてくれそう”な雰囲気もそこから来るものだ。簡単に三振したり、打ち上げたりしない。糸原は初球をほとんど打ちにいかないのだが、それは決して消極的なわけではない。「チャンスの時は打ちに行きますけど、自分みたいなタイプが初球を簡単に打ち上げてしまうのは違うと思うんですよね。それに球数を投げさせることで、相手投手の球種や軌道を後ろのバッターにみてもらうこともできる。自分だけの打席じゃないですから」。

 主将になった今年、“チームのために”という気持ちはより一層強くなった。“人の為に”という気持ちは善波監督の背中を見て学んだ。4年秋にリーグ優勝した際の善波監督のインタビュー。第一声は「スタンドのみんなのお陰で勝てた」という言葉だった。「120人を超える野球部の中で、裏で支えてくれた部員を大切にする監督でした。感謝の気持ちを持つ、忘れてはいけないことを学びました」。糸原がしょっちゅう口にする言葉がある。「見てくれている人は必ずいますから」。明治の頃から続けているトイレ掃除は今も毎日欠かさない。しばらく自宅を空ける遠征前は、特に綺麗にするそうだ。「ヒット1本。ありがとう」。そう思いながら、甲子園の通路に落ちているゴミを拾うのも糸原の中では当たり前の行動になっている。

 最後に、善波監督にとって忘れられないシーンがある。4年秋の明治神宮野球大会決勝戦、駒澤との日本一をかけた戦いだ。今永(DeNA)に相対した糸原はインコースのボールを打ちに行った。ボールは手に当たったのだが、それがショートへ転がったのをみて1塁へ全力疾走したという。「走んなくてもいいのに走ったんですよ(笑)。痛てぇって転がってくれていたらよかったのに、ショートゴロになっちゃって(笑)。あれもやつの執着心というか執念ですよね」。明治は結局準優勝に終わったが、全力でプレーしたからこそ今では笑い話になっている。指揮官が“イトらしさ”を感じるのは「ちょっとユニホームが汚れていたりするようなとき」だそう。練習を積み重ねたことで、あれだけやったんだから負けられないと執念が生まれるに違いない。虎の背番号33は綺麗にかっこつけて野球をやる選手ではない。「ユニホームは作業着なんだから、それをどろんこにして仕事するって最高じゃないですか?」。まさに土のにおいがする男である。糸原健斗がなぜ糸原健斗なのか少しわかった気がする。

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