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ディランがグッズ売り場で買った2人の選手タオル

 で、さかのぼること2日前の10月13日、ボブ・ディランにノーベル文学賞が授与されることになった。片桐ユズル訳の『ボブ・ディラン全詩集』(晶文社)がロングセラーになってるぐらいで、その歌詞の芸術性に誰しも疑いなかったが、果たしてそれは文学か!?、という点で論争を巻き起こした。

 道新・石川記者はボブ・ディランの足どりを追って記事が書けないかと考えた。ディランは2014年4月13、14日の2日間、札幌市中央区のZepp Sapporo(ゼップサッポロ)で公演していた。札幌市内では17年ぶり2度目の公演だった。記事は「ディランさん 札幌再訪を/2年前 言葉の一つ一つが楽器のようだった/待ち望む熱烈ファン」という見出しの5段組。イベント運営に携わったグループ会社の担当さんや、詩作に刺激を受けたというミュージシャン、実際にZepp公演を聴いた音楽ライター、「ノーベル賞特設コーナー」をつくったタワレコの担当バイヤーさん等のコメントを織り交ぜて、伝説的スーパースターが遠い存在ではなく、確かに当地にも影響や実感を残している、という感じにまとまっている。

 だが、記事の白眉は札幌ドームの野球観戦のくだりだ。以下、引用する。

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「ディランさんは札幌滞在中にホテルをほぼ出なかったが、公演初日の前日には自ら希望して札幌ドームの野球観戦に向かったという。当初はグラウンドから遠い貴賓室に案内されたが、『良く見えない』と一般客に交じりバックネット裏に移った。同行した貝田さん(道新文化事業社の貝田健介さん)は『陽岱鋼選手と中田翔選手が気に入ったのか、帰り際に2人のタオルを土産に買った』という。」(文中、マルカッコ内はえのきど)

 報知の加藤弘士デスクも「やられた!」と白旗だ。こんなこと菅野ヘッケルさんだって知らないぞ。ボブ・ディランは「ファイターズの外国人選手の名前を挙げてくれ」と言ったそうだ。メンドーサ、クロッタ、ケッペル、トーマス、ウルフ、ホフパワー、ミランダ、陽岱鋼……。「陽、その選手!」とタオルを所望した。で、更に中田翔タオルを所望した。これはちょっとした『追憶のハイウェイ61』だ。鎌ケ谷で鳴らした悪童コンビを正確に見抜いている。おおディラン、そうなんだ、その2人は高卒で切磋琢磨し明日を夢見てたんだよ。

ディランが見たのは一体どんな試合だったのか

 ディランの見たのがどんな試合だったか知りたくないだろうか。2014年4月12日(土)に行われたのは西武2回戦だ。先発は大谷翔平と菊池雄星。すごいの見てんなー。注目の花巻東高・先輩後輩対決だ。先輩菊池は6回投げて8被安打・5四死・3失点。後輩大谷は5回2/3を投げ6被安打・4四死球・1失点・10奪三振(プロ初の2ケタ三振!)。試合は3対2でファイターズが勝利し、大谷に勝ちがついている。ちなみに1番センター陽は4打数3安打の大当たり、4番レフト中田は4の1ながら1打点だ。あ、それから日暮里の懇意にしてる家の息子は西武の9番ファーストでスタメン出場、4の1で1打点稼いでいる。へぇ、ひちょりはボブ・ディランに見てもらえたんだ。

2014年4月12日の西武戦、大谷翔平の投球を見る菊池雄星

 洋楽アーティストがプロ野球を見に来るケースは稀にあって、例えば今シーズンはエド・シーランが東京ドームでファイターズの試合を見ている。4月7日の西武3回戦だ。試合前には栗山監督や中田翔と記念写真を撮り、ユニホームシャツを着込んで観戦する姿をSNSで公開している。ファイターズはこの試合の選手登場曲をすべてエド・シーランの楽曲にした。つまり、球場に来ているファンにもオープンになった観戦だ。

 ボブ・ディランはお忍びだったんだよなぁ。もし、エド・シーラン方式でディランの名曲が登場曲だったら渋かっただろうなぁと思う。『ミスター・タンブリン・マン』で小谷野栄一が、『コーヒーもう一杯』で金子誠が打席に向かう。大野奨太は『ブルーにこんがらがって』だ。もちろんそんなことにはならなかった。

 偉大なシンガーソングライターは静かに野球を楽しみ、ヒットを打った選手を記憶し、何とグッズ売り場へ向かった。試合が遠い貴賓席を断って、ネット裏から後に大リーガーとなる2人の投げ合いを見つめた。本当に素敵な話だ。石川泰士記者、本当にありがとう。僕はファイターズのファンであることを誇りに思う。

記事を書いた石川泰士記者。熱い男だ。左は北海道新聞のマスコット「ぶんちゃん」だ。 ©北海道新聞

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