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「僕のせいで首位が入れ替わった」……重荷を背負ったホークスのルーキー・甲斐野央が得たもの

文春野球コラム クライマックス・シリーズ2019

2019/10/05
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「僕のせいで首位が入れ替わった」

 2年連続でリーグ優勝を逃してしまったホークスは、今日から開幕するCSファーストステージに挑みます。ライオンズの逆転優勝を許す起点ともなった“首位が入れ替わった”試合後、責任を背負い込んだのはルーキーの甲斐野央投手でした。

 9月15日のファイターズ戦、もう絶対に負けられない一戦で1点リードの8回、5番手で登板すると、逆転打を浴びるなど4失点。敗戦投手になりました。一方でそれまで2位につけていたライオンズが逆転勝利を収めると、ホークスは首位陥落。ライオンズが首位に立ち、マジック9を点灯させたのでした。その翌日、早速リベンジの機会を与えられるも3失点。チームも連敗し、苦しい状況となりました。

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ルーキーながら一度も離脱することなく1軍で投げ続ける甲斐野投手 ©時事通信社

「負のオーラを追っ払おうと思って」

 ルーキーにこんな大きな重荷を背負わせてしまうなんて……本人もチームメイトもファンの皆さんも辛かったに違いありません。しかし、北海道での連戦を終えてホームに戻ってきた18日の試合前練習の時のことでした。重苦しいムードなのかなと恐る恐るグラウンドに取材に伺ったのですが、心配はいりませんでした。

「おはようございまーす!」

 誰よりも元気いっぱい大きな声で現れたのは甲斐野投手でした。ウォーミングアップ中も一番声を出していました。その後も、ずっと……。意気込んだあまり、練習を終えたころには声を嗄らすほどでした。

「負のオーラを追っ払おうと思って」

 力強い姿を見せたかったという甲斐野投手でしたが、冒頭の話に戻ります。「僕のせいで首位が入れ替わった」とルーキーにもかかわらず大き過ぎる責任を背負い込む表情を見て、私は掛ける言葉を失いましたが、彼はすぐにこう続けたのです。

「だから、僕のお陰でまた首位に立ったと思われるようなピッチングをしたいです」

 今度はカッコよすぎて言葉を失いました。こんなたくましいルーキーが他にいるでしょうか。

「終わったことはしょうがない。それより次どうするか。忘れるわけではないですけど、次どうするか考えていたら自然と切り替わるというか……」

 しっかり切り替えて前を向く甲斐野投手の心の強さに感激しました。

切り替え上手な要因は先輩たちからの“いじり”

 そんな甲斐野投手が切り替え上手な要因の一つには“いじられキャラ”がありました。

「普通、打たれたピッチャーをいじります?」

 確かに、“普通”は慰めの言葉を掛けたり、時にはそっとしておくこともその人のためだったりするのでしょうが、ホークスでは違います。いや、甲斐野投手の場合は違います(笑)。

 「僕打たれたのにあの人たち、いじってくるんですよ? 特に抑えの方はもう……」

 森投手からはグラブを奪われ、客席に投げ入れられるいたずらが横行するも「あんなの毎日のことですから。トイレに行くようなもんですよ」と慣れたもの。そんな甲斐野投手が受けた今季最大のいじりは“Tシャツ事件”。『プロ野球ai』というプロ野球専門誌から甲斐野投手が取材を受けた際、スーツ姿の写真が掲載されました。これを見た森投手と千賀投手がお金を出し合い、チーム全員分の“甲斐野Tシャツ”を作成したのでした。このTシャツは海を越えてアメリカでリハビリ中のサファテ投手の元にも届けられました。

 ちなみにエンゼルスの大谷翔平投手も、自身の顔写真がたくさん散りばめられたTシャツを配られる“事件”(こちらは公式の来場者配布イベント)の当事者となったニュースがネットで話題になりましたが「これは僕が流行らせたんですからね」ともはやノリノリなのか?(笑) 甲斐野投手が打たれた日には、森投手がそのTシャツを着て帰るそうですよ。

 やれやれという表情で森投手を筆頭に先輩たちからの“いじり”を取材陣に暴露する甲斐野投手ですが、本音はとても感謝しているようです。

 落ち込んで声を掛けづらいような時でも、自然と笑わせてくれる先輩たちが良い雰囲気を作ってくれるから、甲斐野投手ら若手選手たちがのびのび出来ているのだそうです。

「でも、大学の時とかこんないじられキャラじゃなかったですからね!」

 人生史上最高にいじられるというプロの洗礼も有難く頂戴していました。

 しかし、そんないつも明るい先輩たちも悔しさでいっぱいになったのは9月24日のイーグルス戦。逆転優勝へ望みを繋ぐべく最後の力を振り絞り、チーム一丸となって戦っていたホークスでしたが、まさかの逆転負け。マジック2と栄冠を目前にしていたライオンズは快勝し、2年連続のリーグ優勝を決められたのです。

「悔しかった」

 ルーキーながら“戦力”として、チーム1位の65試合登板とフル回転した甲斐野投手の悔しさは責任感に満ちていました。

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