警察機動隊のワゴンバスが6車線ある幅広の道路を塞ぐ格好で何台も連なって駐車している。通称「車壁」と呼ばれるバリケードだ。
11日、この道路沿いにあるソウル市庁広場周辺では、朴槿恵大統領の弾劾阻止を訴える「太極旗集会」が、そこから歩いてわずか数分ほど、青瓦台を背にした景福宮前の光化門広場では、朴大統領弾劾を声高に叫ぶ「キャンドルデモ」が大々的に行われた。
朴大統領の弾劾可否の判決を巡り、韓国では保守vs進歩の攻防戦が熾烈化している。判決は3月中旬までには行われる見通しだが、まだ不透明だ。
「弾劾される証拠はない」とする朴大統領支持者
「太極旗集会」の参加者は当初、「パクサモ(朴大統領を愛する会)」中心と小規模で、朴大統領の父親、朴正煕元大統領を支持する高齢者の集まり、といった冷ややかな視線が注がれていたが、今年に入ると若年層も加わり、規模が膨らんでいる。
「太極旗集会」に参加するためソウルから電車で2時間ほどにある牙山市から来た39歳の主婦は、「大統領が弾劾される確かな証拠は結局、今まで出てきていません。理由がないのに弾劾されるのはおかしい。これはやはり陰謀があったとしか思えない。私は子供がいますが、子供のためにも安保を蔑ろにする進歩政権は阻止したい」と話し、60代後半、ソウル市内に住む男性は、「どれだけ苦労して国をここまで育てあげたと思いますか。パルゲンイ(アカ。共産主義者)がまた政権をとるなんてことは許されてはならない」と声を荒げた。
「過ちは認めるべき」と弾劾を求める声
一方、キャンドルデモに参加している人の年齢層は幅広く、若いカップルや家族連れの姿も目につく。ほとんどが「太極旗集会」を冷めた目で見ており、「朴大統領を支持するのは自由だが、過ちは認めるべきでしょう」(50代会社員男性)と一蹴し、弾劾を確信する口ぶりの人が大半だった。
保守派と進歩派の対立が日常を脅かす
こうした保守vs進歩の対立は、今まで何度も語られてきたが、崔順実事件からはそれがより鮮明になっている。これまで一般の人たちは明らかにしている人ではない限り日常のシーンで保守か進歩なのかをさらけ出すことはめったになかった。それが、ごく普通の日常にも垣間見られるようになっている。
いつもは子供たちの話が中心の55歳の主婦、金さんの目下の悩みはデモに繰り出す85歳の父親のことだという。
「朴槿恵大統領の悪口をちょっと言っただけで、『朴大統領は悪くない。だまされていただけだ』って、すごい剣幕。最近はデモにも行きだしちゃって、体のこともあるし、そんな恥ずかしいことしないでって言っても、全然聞かない」
金さんの父親は事業に成功した実業家で、朴正煕元大統領の支持者だ。金さん自身も保守派で朴大統領に票を投じたそう。それだけに今回の一連の事件で裏切られた失望感は強く、家でそんな思いを口にすると、今度はやはり保守派の夫から「お前、最近おかしいんじゃないか」と言われたという。
50代の中小企業に勤める男性は最近、同期と3人で飲んだ酒席で朴大統領の話題に及び、険悪なムードになったと嘆息する。
「いつもはこれからどうするか、老後はどうするかといった話題をつまみに飲むのですが、ひょんなことから弾劾の話になったら、1人が『崔ユラ(崔順実の娘)はなんの罪も犯していないのにデンマークから強制送還までする必要があるのか。やりすぎた』と言い出して、それにもうひとりが『不正入学は罪ではないのか』とやり返して口論に。やりすぎだといった同期があれほどのコルトン(ガチガチな、コチコチの)保守だとは知らなかった。その後は妙な感じで、崔順実事件からの混乱は私たちの間にまで新しい亀裂を作ったように思えて寂しかったですよ」
「太極旗はしまってください」
11日、「太極旗集会」から「キャンドルデモ」の場所に移動しようと歩いていると、傍らを小さな太極旗を持った高齢の男性3人組が歩いていた。70代だろうか。デモに参加し、これからお茶をしにいくところのようだった。車壁は、市庁の裏辺りからキャンドルデモが行われる光化門前を囲むように作られていた。車壁に囲まれた、人の出入りが禁じられた空間はまるで別世界のように穏やかだった。光化門前の車壁の所まで来ると、その3人組は警察官に呼び止められた。
「どこに行かれますか? 向こう側(キャンドルデモ)に行くなら、太極旗はポケットかどこかにしまってください」。するとひとりが、「どうしてだ。隠す必要なんてないだろう。悪いことをしているわけでもないのに」と断固とした口調で言うと、警官は「まさかに備えて、そんなことはないかもしれませんが、ケンカにならないように、お願いします」、そう畳みかけた。その男性は隣の友人にもなだめられて、渋々、小さな太極旗を折りたたんでポケットにしまい込んだ。
そんな光景を見ながら、崔順実氏と朴大統領を巡る今回の混乱は、南北分断による葛藤、分裂、対立に悩む韓国にまた新たな痛みをもたらした、そんな風に思えた。