なぜか、自己破壊願望があるんです
――こんなことを思い出してしまって恐縮なんですが、12月19日の下北沢で読んだ「青龍刀権次」(せいりゅうとうごんじ)、これは幕末に罪を犯して収監され、釈放されたら時代が明治に変わっていた――そんな男の悲劇の話ですが、「言い立て」(台詞を一気にまくしたてる聴かせどころ)で、松之丞さんが止まってしまった。
松之丞 ありました。
――実はその前日、高円寺で私は完璧な言い立てを聴いていたから、びっくりしたんです。完璧な出来のその翌日に、言い立てが出てこないことがあり得るのか、と。
松之丞 絶句に近い形になりましたからね。でも、生島さんにあの日の高座を聴いていただけたのは、かえって良かったと思います。あの場ではテクニックとしていくらでも誤魔化すことは可能でした。でも、誤魔化すこと自体が嫌で、瞬間的にあえて自分に苦痛を与えようと思ったんです。「調子に乗ってたな、俺」とか、自分を戒める意味で恥をかこうと思った。これも二ツ目の甘えだったりもするんですが、「無様であれ」みたいな感じで、自分を引き受けたというか。
――そんな言葉を聞いてしまうと、可能な限り松之丞さんの高座は見たい気になってくる。それに、松之丞さんには根っからポジティブな面と、ダークサイドが混在していて、どっちの顔が高座で出てくるのか楽しみで仕方がない。特に、悪の華が咲く「ピカレスク」ものではダークサイドが黒光りしている感じです。ご自身もそうした部分は意識されているんですか。
松之丞 なぜか、自己破壊願望があるんです。ストレスのせいなのか、この前も変な病気にかかってるんじゃないかと思い込んで、病院で検査してもらうと、すべて陰性。もう、がっかりしちゃって。
――(笑)。それはファンにとっては朗報です。
anan編集部に、若干バカにされてる気がして(笑)
松之丞 それにこの前、体重を計ったら91kgあって、体年齢が53歳って出ちゃったんです。体組成計が余計な情報を教えてくれて(笑)。僕もそろそろ肉体を決めた方がいいなと思いましたね。これまで70kgから90kgの間を行き来してたんですが、マッチョにするならマッチョにしようかな、と。
――演芸や芸術は、肉体とは切っても切れない関係にあります。たとえば、オペラ歌手のパバロッティは、豊かな肉体があればこそ、豊かな声が出るとも考えられる。理想体重はどれくらいですか?
松之丞 80kgくらいですかね。実は、この太り切ったタイミングで「anan」からも取材を受けたんです。これは自分の被害妄想なんですが、anan編集部に行っても、若干バカにされてる気がして(笑)。
――昔のウディ・アレンみたいだ(笑)。でも、そうしたネガティブな感情って、子どものころにお父さまを亡くされたことと関係があるのかと想像してしまって……。大丈夫ですか、この話、聞いてしまっても?
松之丞 大丈夫です。僕が10歳の頃に、親父が自殺しました。タバコ買いに行くわと出たまま、そのまま帰ってこなかったんです。でも、その1週間前まで一緒にキャッチボールをしてたりしたんです。自分なりに「あの時間はなんだったんだろう?」と思ったりもして、ショックだったんでしょう。だんだん、そうしたことが心を蝕んできて、みんなと遊んで笑っているのに、急に親父のことを思い出して、能面みたいになったりしたこともありました。
――闇に触れてしまったのかーー。
松之丞 これは後付けなんですが、自分の死について考えを巡らせると、「永遠にあるものがいいな」と思い至るようになったんです。そこに、講談があった。講釈に限らず、伝統芸能というものは「バトンの渡し合い」なので、自分が死んでも自分が教えたことが講釈の世界で後輩たちによって伝えられていくわけです。
そろそろフォロワーが来てもいいなあ、と
――松之丞さんが所属する日本講談協会では、未だに松之丞さんが男性講談師では最年少のままです。そろそろ伝える相手も欲しい。
松之丞 全然来ないですね。いかに、俺の影響力が弱いかという(笑)。でも、人の一生を左右することですから、講釈界に飛び込んでくる若者がいないということは、日本という社会が健全に機能している証かもしれません(笑)。でも、そろそろフォロワーが来てもいいなあ、とは思ってます。
――そうなれば、楽しみが増えますね。
松之丞 商売敵を育てながら、商売敵と勝負をする世界。「同志」を待っている感じでしょうかね。
かんだまつのじょう/1983年生まれ、東京都豊島区出身。日本講談協会、落語芸術協会所属。2007年、三代目神田松鯉に入門。2012年、二ツ目昇進。2015年、「読売杯争奪 激突! 二ツ目バトル」優勝。趣味は落語を聴くこと。持ちネタの数は9年で120を超え、講談普及の先頭に立つ活躍をしている。