それは、7月の夕暮れ時の出来事だった。身長2mを3センチほど超える大男が、アメリカ・ネバダ州のバスケットボールアリーナを後にしようとしていた。チームのバスに乗り込む直前、ふと何かに気付いたその男は目線を遠くに送った。20mほど先にある会場の裏口には、物おじしながらこちらを見つめる3人の少年が立っていた。

 少年たちの存在に気付いた男は、ひときわ長い腕を上下に振り、自らの元に来るよう手招きした。憧れの選手に呼び寄せられるなど予期していなかった少年たちは、会場内に入っていいのか分からず動揺し、たじろいでいた。すると、その様子を見て男は自ら歩み寄っていった。自らのユニフォームを持って行きひとりひとりに手渡し、サインをしながら言葉を交わしていた。その時間は1分にも満たなかったが、少年たちをとびきりの笑顔にして、男はバスに戻っていった。

 

八村の本質に触れた最初の場面となった

 彼の名は、八村塁。今年日本人で初めて、NBAドラフト1巡目指名をうけたプロバスケットボールプレーヤーだ。八村は子どものころからNBAに特別な憧れを持ってきた。「NBAには、黒人でデカい選手が多くて、本当にカッコよかったです。自分の肌の色のこともあって、子どものころから勇気をもらっていました」。中学校でバスケを始めてから瞬く間に成長を遂げ、「バスケットボール世界最高峰の舞台に立つ」という夢を掴み、そしてその先へ進もうとしている。

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 私たちが目にしたのは、アリーナの中でよく見る、いわゆる“ファンサービス“とは少し違っていた。少年たちのためにそこまでする選手は、周りにはおらず、その八村の行動の根っこには信条のようなものがあると思えた。言わずもがな、男のその行動の裏にはカメラへの意識など微塵もなく、私たちは遠くから偶然撮影ができただけだった。これが、私たちが八村の本質に触れた最初の場面となった。

 八村の本質とは何かを探りたいと、私たちの取材は始まった。

※今回の取材の成果はNHKスペシャル「NBAプレーヤー 八村塁 ~“世界最高峰”への軌跡~」として、10月27日(日)夜9時から放送する(再放送は10月30日(水)午前0時35分~)。八村自身と彼を支えてきた関係者への取材から、その足跡と現在を見つめている。