先週「金正男が殺害された」というニュースが飛び込んできた。どうやら毒殺、しかも女性二人組が絡むという展開に、スポーツ新聞も「1面」で反応した。
「毒液 ミニスカ暗殺嬢」ときたのは日刊スポーツ(2月16日)。
ミ、ミニスカ暗殺嬢!
東スポは「暗殺裏に『美女部隊』」(2月15日付)、タブロイド紙では日刊ゲンダイが「女殺し屋 私生活」(2月17日付)。
劇的な描写はスポーツ紙・タブロイド紙の十八番である。ところがこの事件は元ネタ自体が刺激的すぎてスポーツ紙の大仰さをまだまだ上回るのである。北朝鮮系ニュースの大きな特徴だ。
それでいくと、私は北朝鮮そのものより北朝鮮ウオッチャーに興味があるのです。
この時代に情報公開をしない秘密の国がお隣にある。そんな国に果敢に挑む人々。ド派手なガセネタをつかまされることもあるだろう。苦労もあるだろう。
だが北朝鮮ウオッチャーたちはくじけない。ある種の冒険家であり、彼らの記す北朝鮮本はワクワクと半信半疑が一体となった「冒険記」と考え、私はありがたく読んでいる。
「新橋駅前鉄橋の下のおでん屋が思い出される季節です。」
今回まず読みなおしたのが『父・金正日と私 金正男独占告白』(五味洋治・2012年刊、現在は文春文庫)。
これは東京新聞の五味記者が書いたものだが、虚実入り乱れる北朝鮮「冒険記」ではないという意味において衝撃の一冊だった。何しろ金正男本人がいろいろ質問に答えてくれたのだから。インタビュー7時間とメール150通の内容が収められている。
この本を読むと金正男は、
「世襲はもの笑いの対象になる」
「国民の生活をよくするためには改革・開放が最善」
「中国をモデルとするべき」
「軍の権力が大きくなりすぎた」
と北朝鮮に批判的だった。
もちろん、五味氏と頻繁にメールをやりだした時期は弟(金正恩)が後継者に指名された以降だと考えると、モヤモヤした気持ちや暴露的な欲望もあったのだろう。後継者になれなかった自分を少しでもカッコよく見せたかったのかもしれない。
しかし金正男は自由社会の価値観を理解し、海外の新聞記者とふつうに話ができることがわかった。それだけでも凄いスクープだった。
思わずほ~となる事実の告白もある。
「高倉健、真田広之の映画をよく見ました」とインタビューで述べている。父親の金正日が日本映画好きだったのは有名だから、その影響だろう。
それにしても金正男は真田広之のどの作品がお気に入りなのだろう。「柳生一族の陰謀」か、「戦国自衛隊」「魔界転生」か、それとも「翔んだカップル」か。
あと印象深いのは、金正男は寒い時候の挨拶に 「新橋駅前鉄橋の下のおでん屋が思い出される季節です。」 と書いていた。おい、東京ディズニーランド以外に何度も日本に来てるじゃないか!(本人曰く5回。)
私がこの「おでん大好き金正男」エピソードをツイッターで紹介したら、瞬く間に拡散された。今回の事件で多くの人が金正男の素顔に関心を持っていたのだ。
しかしそれと同時に「(金正男が北朝鮮を批判する)この本を出したせいで殺された」的な反応もあった。
金正男との交流を公開した東京新聞、公開しなかった朝日新聞
実際に、朝日新聞の峯村健司記者の「対応」は東京新聞の五味氏と逆だった。
峯村氏も金正男と交流があったことを2月15日の夕刊に書いていた。「話題は北朝鮮の政治だけではなく、経済や環境問題まで幅広かった」「おちゃめな一面もあった」「博識と客観的な視野には驚かされた」などのエピソードを紹介したあとで、
《こうしたやりとりについて、これまで正男氏の身の安全を考慮して、公開することは控えてきた。》
と記している。
公開するか、黙っておくか。ジャーナリストでもそれぞれ見解が異なる。
東京新聞の五味氏は、17日におこなわれた外国特派員協会での会見で、
《この発言を報道したり本にしたことで彼が暗殺されたと皆さまがお考えなら、むしろこういう発言で1人の人間を抹殺するという、そちらの方法に焦点が当てられるべきでしょう。》(THE PAGE 会見全文より)
と述べている。
私もこの考えに近い。
さらに言うと、我々世間一般は五味氏と金正男のメールのやりとりのおかげで北朝鮮の現状や、内部にも憂う人間がいることを詳しく知ることができたのだ。
しかも「粛清」されたのは今回の金正男だけではない。この数年間に金正恩は数多の幹部を殺している。その延長線上に今回もあるとすれば、この本で公開された情報はますます公益であり有益であると思うのだが……。
皆さんはどう思いますか?