「金利は経済の体温である」

  かつて常套句のように使われたこの言葉が使われなくなって久しい。10年物国債の利回りでマイナス金利が現実となった昨今、「低金利」或は「金利は下がるもの」は“所与”として受けとめられている。

「金利は経済の体温」というヤードスティックが生きているとすればマイナス金利とはゾンビ経済を示すともいえ妙なブラックユーモア感がある。

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©iStock.com

「3%の金利なんてタダみたいなものだ」と言えた時代

 経済と金利の関係といえば、今から30 年前、私が農林中央金庫で米国株運用を担当していた頃、同期の言葉がまだ耳に残っている。

「フジワラ。3%の金利なんてタダみたいなものなんだから借りないと損だぞ」

 結婚した直後で家を買うべきかどうか考えていた時の従業員向け住宅ローン金利のことだ。その少し前には10年物金融債のクーポン8%超えがあった時代だ。

 バブル経済ど真ん中のイケイケ状態。“円高・株高・債券高のトリプル・メリット”が大手証券によって喧伝され株や土地・マンション価格は天井知らず。誰もが豪華な海外旅行を楽しみ今の来日外国人同様に欧米での爆買いに走った。高級レストランの予約は取れず、深夜の盛り場でタクシーを捕まえるのは至難の業。値段の付くものは全て上がり、高いものから売れていく。ヒト・モノ・カネの高速回転がもたらす利益の増殖と消費・投資のスパイラル的好循環。真の好景気とはこういうことだと誰もが酔い、それが花見酒とは気がつかなかった。

 そしてバブル経済はあっという間に崩壊する。

 そこからの日本経済は失われた10年、20年と年月の長さが示す低迷とデフレが続き金利は低下を続けた。その意味で「金利は経済の体温である」は正しい。上記のような経済社会状態は望むべくもない。

利上げを発表するFRBのイエレン議長 ©getty

金利上昇には良い金利上昇と悪い金利上昇がある

 ではここから金利と経済はどうなるか?

 金利・金融市場・経済がどんな関係を持つかが問題になってくるだろう。これまでのように「金利は低下を続ける」「低位安定であり続ける」という“所与”が存在しない世界を想像しなくてはならない。

「経済は低迷を脱していないのだから金利は上昇しない」は物事を一面からしか見ていない希望的観測だ。
 
 金利上昇には良い金利上昇と悪い金利上昇がある。

 経済の好転と共に自然な上昇を見せるのが良い上昇。

(1)「急激なインフレ」、(2)「信用懸念」、(3)「金融市場の混乱」によってもたらされるのが悪い上昇。

 今のアメリカの金利上昇はオバマ政権下から続く好調な経済状態を映した“良い金利上昇”といえる。FRBが利上げ体制に入るのは当然だ。

今の金融市場に「金利上昇経験者」がほぼいないというリスク

 では、日本はどうだろうか?

 日本の金利はこれまで人為的に歪められて来たと私は認識している。金融市場もその“人為”を“所与”としている。

 アベノミクスの第1の矢「大胆な金融政策」と第2の矢「機動的な財政政策」は政府と日銀の二人三脚による。日銀が国債を大量に購入して保有(既に400兆円を突破している。ちなみに政府債務は1000兆円超)することで長期金利をどこまでも低位に安定させることが出来るとし市場はそれを“所与”と受け取っている。そこに日本政府そして日銀の“信用”が存在しているとされている。最悪の金利上昇の可能性は、先に挙げた (2)の要素、“信用”が崩れることである。どのように崩れるかは市場次第ということに気がついておかなくてはならない。

日銀の黒田東彦総裁 ©深野未季/文藝春秋

 アメリカに保護主義を表明するトランプ政権が誕生し、その「経済革命」による実体経済の混乱が予期せぬボトルネック・インフレーションをもたらす可能性が出てきた。急激な物価上昇の可能性は拭えなくなっている。地政学上のリスクの高まりも相まってモノの回転の低迷から(1)の要素「悪性の物価上昇」が示唆されるのだ。

 そして、もし金利が上昇し始めたらどうなるか?

 悪い金利上昇要因の最後に要素(3)である「金融市場の混乱」がある。

 今の金融市場に金利上昇を経験した者がほとんど存在していないことに私は大きな懸念を感じている。誰も経験したことのない金利上昇に市場がパニック状態となれば……日銀への“信用”は吹っ飛ぶ。

 これまで市場は無限に続く低金利を“所与”としてきた。しかし実体経済が急激な変化を見せパニック的に金利が急上昇したら……。

「株価は無限に続く高原とも称すべき状態に到達した」。これはアメリカの経済学者アーヴィング・フィッシャーが1929年の秋に講演で語った有名な言葉だ。

 世界恐慌はこの秋の株の大暴落から起こった。