『発達障害』(岩波 明 著)

 この数年、ドラマや小説の主人公に発達障害、とくにアスペルガー症候群を思わせる人物をよくみかける。たとえば、名探偵シャーロック・ホームズを現代によみがえらせたと評判になった英国BBCのドラマ『シャーロック』(2010年放送開始)はその代表例である。

 シャーロック・ホームズは、コナン・ドイルのミステリに登場する主人公の探偵である。ホームズの物語は世界中に広く知られており、そのパスティーシュも数多い。ホームズは天才的な観察眼と推理力を持ち、数々の難事件を解決に導く名探偵だ。その人物像はいわゆる英国紳士であり、さほど奇矯な印象は受けない。

 ところが『シャーロック』は、異色の内容であった。この作品は舞台が21世紀の現代であり、ベネディクト・カンバーバッチが演じたシャーロック・ホームズは、エキセントリックさが強調されている点が出色であった。

ADVERTISEMENT

 年若いシャーロックは、非常識な行動を頻繁に行い、他者に対する配慮に欠け、自らを「高機能社会不適合者」と自虐的に述べる。貴族の邸宅での面談に裸同然で訪れることもあるし、他人をバカにした容赦のない言動が目立つ。一方でシャーロックの記憶力はずば抜けている。彼は高機能のアスペルガー症候群そのものであった。

 日本の映像やドラマにおいても、アスペルガー症候群的な特質を「好ましい」ものとして描いているケースをよくみかける。たとえばジブリ映画『風立ちぬ』の主人公である堀越二郎には、そのような特徴が濃厚だ。モデルとなった実在の堀越はゼロ戦を設計した天才航空技術者として高名であるが、過度に几帳面な面があるとともに、いわゆる「空気の読めない」ところがあり、世間的な出世コースに乗れなかった。

 さらに、昨年大ヒットしたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)の主要登場人物である津崎平匡も、アスペルガー症候群の疑いが濃厚である。

 津崎はヒロインである森山みくりと契約結婚をして同居するという設定であるが、高学歴で仕事の評価は高いにもかかわらず、取っ付きにくく対人関係が苦手で、36歳の今まで女性と交際したことはまったくないという人物である。さらに彼は、ささいなことに対するこだわりが強い。この点もアスペルガー症候群に特徴的な症状なのである。

 このようにフィクションの世界でアスペルガー症候群がもてはやされるのは、おそらく彼らの「ピュアさ」のためであろう。メディアにおいては、発達障害の人たちは「少し変わったところがあるが、特定の分野においては驚異的な能力を発揮する天才タイプ」として語られることが多い。周りの思惑を忖度せず、自分の考えを一心に貫いていく彼らの姿は、何かと周囲への配慮が必要な日本社会には貴重な存在として見えるのかもしれない。