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一方で「下着とは無関係」という異議も

 それに異議を唱えたのが、国際日本文化研究センター助教授だった井上章一氏が2002年に出版した「パンツが見える。」だった。避難して助かった店員たちの証言や消防関係の記録などに、下着や「ズロース」が登場しないことを指摘。「通説を疑わしいと思っている」と言い切る。「最初にあやしいと感じたのは、男の店員も死んでいたことを知った時である。白木屋の火災の死者は計14人。8人は女性店員で、うち5人が7階の食堂従業員(新聞には「女ボーイ」と書かれている)で、あと3人は6階勤務。ほかの6人は男であった」。確かに同書が言うように、火災直後の新聞、雑誌に掲載された証言に下着のことは出てこない。

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 同書が挙げた火災翌日12月17日付東京日日朝刊には「猛火の中を綴る 人間性A・B・C」の見出しで犠牲者・生存者の死亡・救出状況が載っている。そのうち4人の女店員は、「仲良しの2人が互いに名を呼んで一緒に窓から飛んだ」、ほかの1人は「消防隊からロープを渡され、降りる途中、運悪くも窓から吹き出す猛火でロープが焼き切れて墜落」など、原因は下着とは無関係のように読める。

生存者3人の証言では

「婦女界」1933年2月号の特集「大惨事を生んだデパート白木屋の大火災」にも、生存者3人の証言が掲載されているが、同様に「ズロース」のことは全く出てこない。火災5日後の会合で早川警視庁消防部長は述べている。「死んだ原因でありまするが、それは飛び降りによって死んだ者、それから高い所からぶら下がってきて、帯または布が切れまして――私も切れた布を見たのでありますが、演芸場かどこかにあった絹の薄い幕のようなものを降下の綱に利用したのがあったようでありまするが、それが切れて死んだ者があるので在りまして、飛び降りと、そういう綱の切れたことによって死んだ者がほとんど全部でありまして……」。公的な会議だったとしても、ここでも下着のことは全く出てきていない。

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 白木屋自体、翌1933年6月に「白木屋の大火」という小冊子を出しており、さらに戦後の1957年に「白木屋三百年史」を出版しているが、どちらにも「ズロース」の記述はない。では、どうしてどこからそんな「伝説」が?