最高で最強の背番号10が帰って来た

 ったく、2年間も待たせやがって…。

 今、巨人ファンは漫画『スラムダンク』の木暮君の気分である。ずっとこんな巨人を見たかった。4番に専念した阿部が打ちまくり、キャプテンの座はスペシャルワン坂本勇人が務め、正捕手は11歳下の小林誠司に継承する。ゴリ赤木=阿部、天才流川=坂本、ボウズ桜木=小林とまるで湘北高校のような魅力的なチームだ。

 原監督時代の阿部一極集中型から役割分散型のシステムへ。結果、4番・阿部は開幕戦で先制2ラン、2戦目はサヨナラ3ラン、3戦目も2安打1打点でチームの開幕3連勝に大きく貢献。「4番まで回せばなんとかしてくれる」、東京ドーム全体がそんな雰囲気に包まれた。懐かしい、首位打者と打点王を獲得した2012年の“最高で最強”の阿部が帰ってきたようだ。

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2012年に首位打者と打点王を獲得した阿部慎之助 ©文藝春秋

 正直、ここ数年の巨人の開幕時期は「背番号10はどこを守るのか問題」に悩まされてきた。15年は一塁専念かと思えば、開幕直後に捕手再転向、そして故障離脱。16年は今度こそ捕手でと思ったら、オープン戦で右肩を痛め、5月下旬に一塁手としてチームに合流。この煮え切らないOLさんのような二股状態に首脳陣もファンも振り回された感は否めない。だが、今季はついに「捕手引退、一塁専念」という断固たる決意でシーズンイン。グアム自主トレでは小林と師弟タッグを電撃結成。捕手から降りた阿部にとって、小林はもう同じポジションを争うライバルじゃない。ともに戦う後輩である。

 ある意味、38歳阿部先輩は若手にとって首脳陣より怖い存在だと思う。中学や高校の時に先生に怒られても余裕だったけど、先輩に呼び出し食らうと憂鬱だったあの感じ。会社でも同じだもの。社長より年が近い叩き上げ上司の方が怖い。なぜなら、先輩は自分たちと同じ世界にいるから。

「若手に遠慮するとか一切ないですね」

 昨年インタビューをした際、阿部はそう答えてくれた。「だってそこまで気を遣ってたら疲れるでしょ」なんて迫力満点の慎ちゃんスマイル。最近流行りの物分かりのいい兄貴というより、昭和の怖いオヤジ的な先輩。まるでその存在感はキャプテンを超えた“現場監督”そのものだ。

「阿部のチーム」から「阿部と坂本のチーム」へ

 プロ17年目、生え抜きでは80年柴田勲以来の2000安打達成まであと77安打。400本塁打まであと25本。逆指名のドラフト1位で巨人入団後、1年目から正捕手として起用され、その後はずっと絶対的レギュラー。4番・捕手でキャプテンを務め「阿部のチーム」とまで称される地位まで登り詰めた。だけど、その存在が巨大になればなるほど、どこか背番号10が孤独に見えたのも事実だ。

4番・捕手としてチームを支え続けていた阿部慎之助 ©文藝春秋

 思えば、いつの時代も強い巨人を支えていたのは生え抜きスターコンビだ。長嶋茂雄には王貞治がいて、原辰徳には中畑清がいて、松井秀喜にだって高橋由伸がいた。チームにとって理想的なふたりでひとつのツートップ体制。でも、ここ数年、阿部慎之助の隣には誰もいなかった。同レベルのスーパースターが二人いれば、喜びも重圧もワリカンできる。けど、ひとりじゃその重みに耐えかねて潰れちまうよ。このご時世、一般家庭だって夫婦共働きの方が安心でしょ。

 それが、昨年ようやく首位打者獲得の坂本が新キャプテンとして覚醒。ったく何年も待たせやがって。17年開幕戦の「3番・坂本、4番・阿部」の両雄揃い踏みアベックホームランには涙が出たよ。ようやく、あの男の隣でチームを引っ張れる選手が出てきてくれた。たとえ阿部にアクシデントがあっても、俺らには坂本がいる。さらに突っ込めば代役一塁手には村田やマギーもいる。ようやく進みつつある阿部依存からの脱却。同時にそれは名実ともに「阿部のチーム」から「阿部と坂本のチーム」への移行を意味していた。

いざ、巨人軍新時代へ

 そう言えば、開幕3連戦を終えても「キャッチャー阿部がいればなあ」という観客の声はほとんど聞こえてこない。もちろんチームは勝ったし、WBCを経験した小林の成長も一理あるだろう。でも、多くの巨人ファンは、いや恐らく阿部自身も「ファースト阿部」という現実をようやく受け入れたんだと思う。残念ながら身体は若い頃には戻らない。もう後戻りはできない。だったら覚悟を決めて未来へ進むしかないんだよ。

 2017年春、「4番・ファースト阿部」の大活躍はとても嬉しく、少し寂しかった。そこに違和感はもうない。本当にキャッチャー阿部とはお別れなんだな……と。今度、背番号10がマスクを被るのは緊急時のオプションか、それとも数年後の引退セレモニーだろうか。

 いざ、巨人軍新時代へ。
 さらば、最強キャッチャー阿部慎之助。

 See you baseball freak……

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。