その存在は巨人の“スペシャルワン”
坂本勇人がいない巨人打線は、まるでハンバーグのないハンバーグ定食だ。
ボリュームがなくてまったく物足りない。ご飯とみそ汁とサラダはあっても、皿の真ん中には大きな穴が空いているあの感じ。腹減ったぜ由伸父ちゃん、ウチのスタメン貧打すぎるよ。オープン戦チーム打率は最下位。背番号6がWBCでチームを離れていた間、坂本のいない巨人打線はとにかく寂しかった。……でも、同時に少し嬉しかった。ついに坂本もここまで影響力のある選手になってくれたのかと。1年前の開幕戦を思い出すと夢のようだ。
もちろん当時も球界屈指のショートストップ。なんだけど、入団2年目に全試合出場して、3年目に3割を打ち、4年目に31本塁打をかっ飛ばした頃のインパクトは年々薄れていたのもまた事実。あの頃、夢見た未来は夢のまま終わってしまうのか。チャンスで気の抜けたポップフライを打ち上げるキング・オブ・ポップ。どうせ今季も打率2割7分、15本塁打前後でしょみたいな物足りなさ。
レギュラーを脅かすライバル不在、チーム内にはもはや比較できるような若手野手もいないから、ヤクルトの山田哲人と比べると寂しいなんて強引にディスられる。一流だけど超一流には何かが足りなかったここ数年。まだまだこんなもんじゃない。あいつならもっとやれるはず。だからこそ、首脳陣も2年前には奮起を促してキャプテンの座を阿部から継承させた。これからはおまえの時代なんだぞと。
するとベテラン勢に守られていた弟キャラから、見事に頼れる兄貴へと変貌。16年シーズンは打率.344でセ・リーグ遊撃手初の首位打者とゴールデン・グラブ賞を獲得する獅子奮迅の大活躍。名実ともに日本最高のショートストップとして侍ジャパンに選出されると、WBCでは4割を超える打率で日本代表のベスト4進出に大きく貢献した。原前監督が19歳で開幕スタメンに抜擢してから、早9年。やったぞ原さん、28歳の坂本はついにチームの大黒柱となった。いまや巨人高卒野手ではゴジラ松井以来の成功例であり、生え抜きスターと言っても過言ではないだろう。どこにも代わりのいない特別な存在、まさに“スペシャルワン”である。
背番号6は現代の“巨人の入口”
今の巨人ファンで坂本をきっかけに野球に興味を持った女性や少年は数多い。だって、スタイルいいし格好いいしね。東京ドーム2階席から見る、その踊るようなショート守備はもはやアートの領域だ。
「グラウンドにいる選手全員に同じ白いユニフォームを着させても、一目で彼だと分かる」
かつて、高校時代の坂本に密着していた巨人スカウトはそう言った。いわゆるひとつの華がある選手。技術は時間の経過とともに覚えられても、スター性はどんなに猛練習を重ねたところで身につけることはできやしない。立派な才能のひとつだ。けど皮肉なことに男にとって、ときにその格好よさは足枷にもなる。例えば福山雅治だって、あれが一昔前のフォークシンガーみたいな地味な風貌だったら、ソングライターとしてもっと早く評価されたと思う。どんなにヒットソングを作ろうが、セ・リーグ史上最年少の1000安打達成しようが、どうしても一部では女子にキャーキャー言われやがってみたいな見方がついてまわる悲劇。
周囲からアイドル的な扱いを受けると、口うるさいオールドファンからは「ミーハーな顔ファンに騒がれてる内は本物じゃない」的な非難をされがち。けど、誤解を恐れず書けば、例えばV9時代の長嶋茂雄人気を支えていたのはミーハー層だった。これまでの成人男性の野球好きだけじゃなく、台所のお母さんに「あらナガシマいい男じゃない」と思わせ、半ズボンで走り回ってる子どもたちを「ナガシマ格好いいっ!」と憧れさせる。
いつの時代も、スーパースターを作るのはマニアじゃなく新規のミーハーファンなのである。球場で見る坂本タオルを持った若いおネエちゃんや背番号6のレプリカユニフォームを着た多くのキッズたち。始まりはここから。いわば坂本は現代の“巨人の入口”みたいなものだ。
目指すは、あのニューヨークの貴公子
伝統のビッグクラブの不動のショートストップにして若きキャプテン。今の坂本を見てると、あの選手を思い出す。走攻守揃ったチャンスに強いクラッチヒッター。そう、かつて名門ニューヨーク・ヤンキースで一時代を築いたデレク・ジーターである。ちなみに坂本自身もジーターに憧れ、関係者を通じて愛用の黒バットを貰ったこともあるという。
目指せ、日本のジーター。スペシャルワン、プロ11年目のシーズン開幕。思えば、ゴジラ松井はプロ10年目のシーズンを終えた直後にヤンキースへと旅立っていった。残念ながら、俺らは29歳の松井秀喜を日本で見ることができなかった。けど、坂本勇人の全盛期は東京ドームで見ることができる。
それは幸せなことだと心から思う。
See you baseball freak……
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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。