30錠で税込999円の「偽薬」を製造・販売する会社が存在する。
といっても、「偽薬」を「本物の薬」として販売する“詐欺”ではない。「偽薬」を「本物の偽薬」として正々堂々と販売しているのだ。水口直樹氏が、大手製薬会社の研究開発職を投げ捨てて、28歳の若さで設立した〈プラセボ製薬株式会社〉だ。
“本物の偽薬”とは一体何なのか?
「そもそも『偽薬』とは、『薬効成分を含まない製剤』で、新薬の有効性や安全性を科学的に評価するために開発されたものです。
しかし、〈プラセボ製薬〉が扱っているのは、『臨床試験で使われる偽薬』ではありません。『本物の偽薬』なのです。
ラムネ菓子のような『錠菓』をイメージしてください。〈プラセボ製薬〉が実際に販売している『偽薬』は、ほぼ糖と食物繊維からできています。
『錠菓』との若干の違いは、アルミ面から1錠ずつプチッと押し出すシートタイプの包装(PTP包装)を採用するなど“本物っぽい”見た目にこだわっていることです」
では、なぜ水口氏は、こんな「偽薬」をわざわざ製造・販売しているのか?
効果がないからこその価値がある
「医薬品開発についてご存じの方であれば、『プラセボ効果を狙った商品だろう』と考えられるかもしれません。
『プラセボ効果』とは、薬効成分を含まない『偽薬』を飲んで、(『薬を飲んだ』といった安心感などによって)『あたかも本物の医薬品を服用したかのような変化が生じる現象』のことです。
新薬開発の臨床試験で『偽薬』を用いるのは、この『プラセボ効果』を考慮に入れつつ、『プラセボ効果』を排除して、『新薬の純粋な効果』だけを抽出するためです。こうした『プラセボ効果』も、〈プラセボ製薬〉の狙いの1つです。
しかし、それは副次的なものにすぎません。『プラセボ効果を生じ得るから価値がある』のではなく、むしろ『効果がないからこその価値がある』ものとして、『偽薬』を製造・販売しているのです。
“無効”な『偽薬』が、とくに“有用”となるのは、次のようなケースです。
たとえば、定められた量の薬剤をすでに服用したにもかかわらず、何度も服薬を求める認知症の方。規定量では効果を感じず増量を求める不眠症の方。健康不安から風邪薬を飲み続けてしまう方。
薬の飲みたがりや飲みすぎは、とくに高齢者介護の現場でよく見られる光景です」