男子ゴルフの4大大会(メジャー)のひとつ、マスターズ・トーナメントが今年も米オーガスタで開催され、去る4月9日、スペインのセルヒオ・ガルシアの初優勝で終わった。

 そのマスターズで、地元アメリカのタイガー・ウッズが史上最年少の21歳3ヵ月で優勝したのは、いまから20年前のきょう、1997年4月13日のことだ。このときウッズは通算18アンダーの大会最少スコアも記録している。しかし最終日の前日の記者会見で、スコア記録について訊かれた彼は、「僕の望みは、自分のクローゼットに(優勝者に贈られる)グリーンジャケットをしまうことだけ」と語った。

マスターズ初優勝時のウッズ ©時事通信社

 最終日の試合中も、その言葉どおり記録のことは考えなかった。「もし考えていたらアウトで40を叩いていたと思うよ」とは試合後の発言だ。このときアウトの打数は36だった。

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 最後の18番ホールのグリーンに来たとき、ギャラリー全員が総立ちで拍手をしてウッズを迎えた。しかし、当人にはそれに応える余裕はなかったという。まだ難しい距離とラインのパッティングを残しており、それをどうやって2パットで切り抜けるかで頭はいっぱいだったのだ。キャディとしばらくラインについて話し合ったのち、無事に2パットを決めると、ウッズは右手でガッツポーズをとった。

 最年少、最少スコアという記録とともに注目されたのは、ウッズがアフリカ系アメリカ人としては初の優勝者だったことだ。61年に黒人選手で初めて米国ツアーメンバーとなったチャーリー・シフォードは、マスターズには拒まれる。同大会に黒人選手が招待されるのは、75年のリー・エルダーまで待たねばならなかった。ちょうどウッズの生まれた年だ。

 マスターズで初優勝を決める前日、ウッズは記者から、明日起こるかもしれないことが、どれほど重要な意味を持つと思うかと訊かれた。それに対し彼は、「意味なら山ほどあります」と答え、何より大切なのは「たくさんのドアが開き、多くの機会が得られ、ゴルフなんて考えたこともなかった多くの人をゴルフへと呼び込むこと」「そしてこういう舞台とこういうメディアにより、マイノリティのゴルフへの道を開くこと」だと語っている(三田村昌鳳『伝説創生 タイガー・ウッズ 神童の旅立ち』中央公論社)。

グリーンジャケットを着せられて ©共同通信社

 ウッズはその後、99年に全米プロ選手権、2000年に全米オープン、全英オープンで優勝し、史上最年少の24歳でグランドスラム(4大大会制覇)をはたす。以降も勝数を増やし、05年にはダブルグランドスラム(4大大会すべてで2勝以上)、08年にはトリプルグランドスラム(同、3勝以上)を達成している。