何を伝えるかではなく、どのように伝えるか
パックン 人々は反ユートピア的な投票を繰り返しています。環境保護反対に票を投じれば、自分自身の飲み水や吸う空気が害されるのに。その例を挙げれば――トランプへの投票も含め――枚挙にいとまがありません。人々に「ユートピア」に投票してもらうためには、何が必要なのでしょうか。
ブレグマン 見せ方、というのは改めて、非常に重要な点だと思います。何を伝えるか、ではなく、どのように伝えるか。たとえば右翼的な言葉を用いて左翼的アイデアを推進することも可能です。メルケル首相が難民危機に直面し、「ドイツは移民を受け入れます」と表明したとき、そこに込められていたのは「なぜなら、ドイツは素晴らしい国だから」といった愛国的なメッセージだったわけです。
「国境の開放」は世界の貧困を一掃する“最良の方法”
パックン 移民といえば、三つめのユートピアとして貧困への最大の処方箋は「国境の開放」だと仰っていますね。個人的に移民賛成ですが、これはかなり難しいことなのではないのでしょうか。
ブレグマン 私が今回提案した中で最も非現実的で「ユートピア」に近いアイデアが国境の開放だと思っています。ただベーシックインカムや週15時間労働で達成できることに比べると、この恩恵は絶大です。世界の貧困を一掃する最良の方法は、開かれた国境です。仮に実現すれば世界総生産の予想成長率は67%~147%にもなると4つの研究結果が示しています。労働市場が開放されれば、65兆ドルの富が生み出されます。
パックン 国境の開放は技術的な課題もさることながら、やはり理念的な反発が強いのではないでしょうか。利点はあるものの、言語や「空気の共有」など、数値に落としきれない価値観のぶつかり合いがあるのではないでしょうか。
ブレグマン 移民は雇用を奪う、移民は犯罪者だのテロリストだのといった、移民を巡る反論は、データに裏付けられていません。したがって私が最も恐れているのは、政治家やジャーナリストなどに、国境の開放を推進できる人はおろか、そうした発言すらできる人がいないのではないか、という点です。
パックン 移民は受け入れる側の課題に加えて、有能な人材が流出していってしまうことによるマイナス影響も懸念されます。
ブレグマン 私はこのbrain drain(人材流出)について問題だとは思っていません。人々は案外、祖国に愛着を持っています。また開かれた国境は移民の祖国への帰還を促すことも分かっています。1960年代、7000万人のメキシコ人が国境を越え、そのうち85%が帰国したのですが、1980年代以降、とりわけ9.11以降、国境のアメリカ側は警備が強化され、今日ではメキシコ人の不法移民は7%しか帰国しないことが判っています。国境を強化することで反対に不法移民が祖国に帰ることが出来なくなっているのです。
29歳の歴史家の立場から言うと、歴史を振り返れば、社会の在り方には運命論は存在しないということがよくわかります。女性の参政権も奴隷制度の廃止も「ユートピア」として始まりました。今の社会の常識や「普通」には必然性や自然・不自然といった形容詞は当てはまらないのです。なぜなら、社会の在り方には人々の意思が介在するからです。どのような社会を自らが望むのか、今こそ真剣に問い、考えることが求められているのだと思います。
構成:近藤奈香 撮影:鈴木七絵
ルトガー・ブレグマン/1988年生まれ、オランダ出身の歴史家、ジャーナリスト。ユトレヒト大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で歴史学を専攻。広告収入に一切頼らない先駆的なジャーナリストプラットフォーム「デ・コレスポンデント(De Correspondent)」の創立メンバー。日々のニュースではなく、その背景を深く追うことをコンセプトとしており、5万人以上の購読者収入で運営されている。『隷属なき道』はオランダで原書が2014年に「デ・コレスポンデント」から出版されると国内でベストセラーに。2016年にAmazonの自費出版サービスを通じて英語版を出版したところ、大手リテラリー・エージェントの目に留まり、日本を含めて23カ国以上での出版が決定した。
パトリック・ハーラン/1970年生まれ、アメリカコロラド州出身。お笑いコンビ「パックンマックン」を結成、日本語ではボケ、英語ではツッコミを担当しお笑い芸人として活躍する一方、深い教養を生かし、テレビ番組のMCやラジオDJなど多方面で活躍。