現在、6人に1人の子供が貧困という日本社会。これを放置すると、年間約40兆円が失われ、国民一人ひとりの負担が増える――。
日本の最重要課題である「子供の貧困」を、データ分析、当事者インタビューなどで多角的に論じた『徹底調査 子供の貧困が日本を滅ぼす 社会的損失40兆円の衝撃』の著者、日本財団子どもの貧困対策チームがポイントを解説する。
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ある高校生は、生活保護を受けており、塾に通う経済的な余裕がなかった。中学2年生の時に行政から生活困窮世帯向けの無料学習塾を紹介され、大学生ボランティアと必死に受験勉強を重ね、希望の高校に進学することができた。ただ、夢である保育士になるために大学進学を希望してるものの、その進学費用を賄う目処は立っていない。
また、ある大学生は、父親が家庭内暴力をふるい、母親が育児放棄かつアルコール依存症という家庭で育った。居場所を求め非行に手を染めたこともあったが、福祉職員の勧めで自立援助ホームに入ったことを契機に福祉系の大学を志す。しかし、勉強時間を確保し、進学費用を賄うためには、短時間で多く稼げる風俗に手を出すほかなかった。今は、無事に大学に合格し、将来の夢は自分と同じような境遇にある人を支援することだという。
こんな子どもたちが抱える「貧困」の問題。今まさに、子どもの貧困問題が日本で深刻さを増している。子どもの貧困率は16.3%にのぼり、実に6人に1人の子どもが貧困状態に陥っている。ひとり親家庭だけでみれば、2人に1人という割合だ。OECD諸国で比較しても日本は下位グループに属する。
そんな日本において最大の課題は、親世代の貧困が子ども世代の貧困を生む、貧困の連鎖(世代間再生産)だ。家庭の経済格差が子どもたちの教育格差を生み、将来の所得格差を生んでいる。つまり、子どもの貧困問題を放置すれば、低所得層の拡大を招き、国内市場の縮小や財政収入の減少を招くことが想定されるのだ。
「子どもの貧困」と聞くと、どこか遠い国の話題と感じる人も少なくないだろう。もしくは貧困を乗り越えるのは自己責任だと唱える人も多くいる。しかし、子どもの貧困問題は我が国の経済問題であり、当事者のみならず、すべての国民に関係する「あなた」の問題なのだ。
上記のような問題意識のもと、日本財団子どもの貧困対策チームは、0~15歳の貧困世帯の子どもについて、子どもの貧困問題を現状のまま放置した場合(現状放置シナリオ)と、何らかの対策をうった場合(改善シナリオ)で、彼らの学歴や就業形態、ひいては生涯で得られる所得や支払う税金・保険料(=政府の財政収入)にどれだけの違い(社会的損失)が生まれるかを算出することで、子どもの貧困問題がもたらす経済的影響を推計した。
まずは、最終学歴別人口の違いをみてみよう。中学卒業者数でみると、改善シナリオでは11万人、現状放置シナリオでは47万人となっており、現状を放置してしまうと、何らかの対策を講じた場合に比べ4倍以上の子どもが中卒のまま社会に出てしまうことになる。我が国の場合、学歴は生涯所得に大きな影響を与えることから、中卒の彼らが貧困の連鎖に苦しむ可能性は高いといえよう。
次に、職業形態別人口の違いをみてみよう。非正規社員でみると改善シナリオでは48万人、現状放置シナリオでは53万人となっており、現状を放置してしまうと、何らかの対策を講じた場合に比べ1.1倍以上の子どもが非正規社員として働くことになる。学歴の低さに加えて、非正規社員のような低所得かつ不安定な職業についてしまうと、貧困の連鎖は益々拡大していくことだろう。
では、彼らが生涯で得る所得、支払う税金・保険料(=政府の財政収入)でみると、どうだろうか。所得、税金・保険料双方について両シナリオの差分(社会的損失)を計算すると、所得は約43兆円、財政収入は約16兆円という推計結果を得た。43兆円とは国家予算の半分に匹敵する規模であり、その影響は甚大である。また、推計対象の世代を広げれば、この数値は何倍にも膨れ上がっていく。子どもの貧困対策は、単なる社会問題ではなく、日本の成長戦略の礎をつくる政策として立案されるべきものなのだ。
本書では、これら推計の詳細な解説はもちろんのこと、冒頭で紹介したエピソードを盛り込んだ当事者へのインタビューを紹介している。また、問題の実態だけでなく、対策についても国内外の先進事例を盛り込んだ。
本書刊行後、大学等の研究者・専門家からNPO等の現場の支援者まで幅広い方から温かい評価をいただいた。本書を契機として講演や寄稿、取材の依頼を多くいただき、改めて本問題への関心の高さを感じている。著者一同、本書を多くの方に読んでいただくことで、子どもの貧困問題を「ヒトゴト」でなく、「ジブンゴト」としてとらえる人が少しでも増えるよう願っている。
日本財団 子どもの貧困対策チーム
深刻化する子どもの貧困問題に対応する専任部署として日本財団に2015年より設置。同年12月に「子どもの貧困の社会的損失推計レポート」を発表し、子どもの貧困を放置した場合の経済に与える影響を日本で初めて試算した。
・活動の詳細
http://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/ending_child_poverty/