古井 二作目にかかって、いまおいくつでしたっけ。
又吉 六月で三十七になります。
古井 まだたっぷり時間がありますね(笑)。
(『新潮』2017年6月号)

 お笑い芸人で作家の又吉直樹が、2作目の小説となる『劇場』(新潮社)を先月上梓し、たちまち版を重ねている。上に引用したのは、又吉が同作の執筆中、作家の大先輩である古井由吉と行なった対談でのやりとりである。今年80歳となる古井に対し、又吉は対談で話しているとおり今年37歳。きょう6月2日が誕生日である。

又吉直樹氏。新作『劇場』を発表した。©鈴木七絵/文藝春秋

 以前より読書家として知られ、エッセイなど文筆活動でも一部で注目されていた又吉が、小説第1作『火花』(『文學界』2015年2月号掲載)で芥川賞を受賞したのは一昨年のこと。同作の単行本(文藝春秋)は、発行部数250万部を超えるベストセラーになり、又吉自身も一躍時の人となった。だが、そのメディアでのとりあげられ方は又吉に焦点を絞ったものが大半で、当人は「作品自体が事件にならなかったこと」に落胆したという。彼いわく「文学の世界に貢献できひんかった」からだ。

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「『火花』以外の同時代の小説を読んでみようと思ってもらうためには、僕個人に興味を持ってもらうよりも小説自体に興味を持ってもらったほうが良かったやろうなとは思います。そういう意味では事件にならなかった。作品にそこまでの特別な力がなかったということですね。でも、僕は別に文学の世界の第一人者でもなんでもないので本当は反省する必要はないんだ、と今気づきました。僕が反省するのは、ある意味おこがましいことですね」(『文學界』2017年3月号)

『火花』がおおいに評判を呼んだだけに、2作目を書くにあたってのプレッシャーはそうとうであったろう。事実、執筆中のインタビューでは、「変な話ですけど、これは二作目じゃなくて三作目だと思って書いてます」と、腹をくくったことを明かしていた(『文學界』前掲号)。

 前出の古井由吉との対談では、古井から「作家の歩みはかなり紆余曲折したもの」と教えられ、又吉は「そういうお話を聞くと、まだ2つしか書いてないですけど、なんだか五作目ぐらいを書くのが楽しみになります」と励みが出たようだ。芸人としてもだが、息の長い作家になってほしい。