今年のアカデミー賞では、イラン人女優のタラネ・アリドゥスティが、アカデミー賞授賞式をボイコットしたのも記憶に新しいかと思います。彼女がアメリカに招かれていたのは、アカデミー賞外国語映画賞部門で、主演作『セールスマン』(16年)がノミネートされていたためでした。しかしタラネ・アリドゥスティはTwitterで、ドナルド・トランプ米国大統領が、一時的にイスラム国家7ヵ国からの移民制限や、イスラム教徒の多い国の出身者へ、ビザ発給を禁止する発令を行ったことに対し、人種差別であると非難しました。そして授賞式をボイコット。同作の監督のアスガー・ファルハディも、やはり抗議として欠席しました。
日本で知られている「映画祭向け映画」だけがイラン映画じゃない!
その『セールスマン』は見事、外国語映画賞受賞という栄冠を得ました。この映画、じつはとてもよく出来たミステリーなのです。アスガー・ファルハディがアカデミー賞でこの賞を手にするのは、11年の『別離』以来2度目。まだ40代半ばですが、ミステリーと緻密な心理描写を得意とし、娯楽と芸術性のバランスの良さで、アカデミー賞だけでなく、カンヌやベルリンの国際映画祭でも評価の高い、いま世界的に第一線を走る監督です。
イラン映画って、皆さんはどういうイメージをお持ちでしょう? そもそも観たことのない方も多いかもしれませんが、アート系の映画が多い印象でしょうか。もちろん、監督ごとにタイプは異なっています。アッバス・キアロスタミのように、フェイクドキュメンタリー的手法に踏み込んだものや、厳粛な詩的映像で綴るバフマン・ゴバディ、そして国から映画を撮ることを禁じられたジャファール・パナヒのように、体制批判を孕んだ映画もあります。ただ、そういったイランの監督たちが日本で知られているのは、「映画祭向け映画」ゆえなんですね。アート色や政治性があり、いささか難解なストーリーラインが、高尚に感じられる作品。実際、イラン本国では「銀行強盗するゼー!」みたいな、娯楽アクション映画が興行収入を稼いでいたりするのですが、そういった作品は国際映画祭に呼ばれないので、世界に知られる機会はないのです。