文春オンライン

とっつきやすいイラン映画 『セールスマン』はイヤミス風味

「政治性」とか「アート臭」から離れたイランミステリー

2017/06/02

genre : エンタメ, 映画

note

『セールスマン』はどんなミステリー映画なのか?

 しかし、アスガー・ファルハディはイラン映画のイメージを一新しました。これまで日本で観ることのできるイラン映画は、砂埃が舞う田舎が舞台のものや、日本人には理解しづらい、ストーリーが定型から外れたアート系の作品だったりすると多くありました。けれど、ファルハディの映画は事件が起こり、探索を進めるうちに心理の綾に踏み込んでいく、世界的に共通の感覚を持ったミステリーです。彼の映画は関係の壊れかけた夫婦が頻繁に登場し、怒りや恥、立場を取り繕うための嘘によって犯人捜しが難航するという、どこの国の人が観ても、とっつきやすいストーリーテリングなのです。

タラネ・アリドゥスティ ©MEMENTOFILMS PRODUCTION–ASGHAR FARHADI PRODUCTION–ARTE FRANCE CINEMA 2016

『セールスマン』の主人公は、エマッド(シャハブ・ホセイニ)と妻ラナ(タラネ・アリドゥスティ)の夫婦。二人は小さな劇団で役者をやっており、アーサー・ミラーの『セールスマンの死』を公演中です。彼らは建物の崩落危機からアパートを立ち退かねばならず、劇団仲間の紹介で新たな部屋を借りますが、そこには封印された一室にまだ、前の住人の荷物が残されていました。夫妻が住み始めてから初めて知った、前の住人の良くない噂。そして突然、ある悲劇が夫婦を襲います。

「神秘的な円熟期」を迎えたチームによるイヤなミステリー

 タラネ・アリドゥスティと、シャハブ・ホセイニはファルハディ監督作品の常連で、彼らのコンビネーションは今まさに神秘的な円熟期を迎えています。夫婦は互いに引くに引けない状況にあり、犯人捜しに突き進めば関係の崩壊を引き起こし、曖昧にすれば疑惑を抱き続けることになる、どのみち息苦しい瀬戸際を描いたイヤなミステリー。こういった世界的に共通する感覚を持ち、見入ってしまうミステリー映画が、国籍に振り回されて、不要な波乱を招いてしまう状況は、なんてつまらないことでしょうか。

シャハブ・ホセイニ(右) ©MEMENTOFILMS PRODUCTION–ASGHAR FARHADI PRODUCTION–ARTE FRANCE CINEMA 2016
INFORMATION
©MEMENTOFILMS PRODUCTION–ASGHAR FARHADI PRODUCTION–ARTE FRANCE CINEMA 2016

『セールスマン』
監督・脚本:アスガー・ファルハディ 
出演:シャハブ・ホセイニ/タラネ・アリドゥスティ   
公式サイト:www.thesalesman.jp
配給:スターサンズ/ドマ  

2016/イラン・フランス/124分/ペルシャ語/ビスタ/原題:FORUSHANDE/字幕:齋藤敦子

とっつきやすいイラン映画 『セールスマン』はイヤミス風味

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー