いまから70年前のきょう、1947(昭和22)年6月4日、東京の有楽座で、新国劇の『王将』(北條秀司作)が初演された。これは全3部の第1部で、第2部は1950年1月に大阪歌舞伎座、第3部は1951年11月に京都の南座で初演されている。
新国劇は1917(大正6)年、俳優・沢田正二郎を盟主として結成された劇団である。新劇より大衆に親しまれる演劇の確立をめざした新国劇は、1929(昭和4)年の沢田の死去で一時危機に見舞われるも、代わって座長に抜擢された若手俳優の島田正吾と辰巳柳太郎の活躍で再起。『王将』は新国劇創立30周年記念公演として上演され、辰巳が主演を務めた。
『王将』の主人公は、前年の1946年に亡くなった実在の将棋棋士・坂田三吉(戸籍上の表記は「阪田」)である。無知無頼の天才棋士が、妻に支えられながら、宿敵・関根金次郎名人に立ち向かうそのストーリーは大当たりする。翌48年には伊藤大輔監督・阪東妻三郎主演により映画化され、これも人気を集めた。さらに時代は下り、同作をモチーフにつくられ、村田英雄が歌った『王将』(1961年)も大ヒットしている。
もちろん芝居ゆえ、『王将』には現実の坂田三吉とは大きくかけ離れた描写もあった。作者の北條秀司は、自分の創作を、観客がそれとは知らずに事実として受け取ることを危惧したという。実際、『王将』に対しては「戦前の独特な個性の持主を主題にしたために“将棋指し”のマイナスイメージも一挙に拡散することになった」との指摘もある(増川宏一『将棋の歴史』平凡社新書)。
それでも、貧乏のどん底からはい上がり、ついには宿敵を倒す『王将』の三吉の姿が、敗戦に打ちひしがれていた人々に勇気を与えたことは間違いない。ノンフィクション作家の岡本嗣郎は、「坂田は敗戦という焦土の時代が生んだ英雄だった。現代を生きても坂田は英雄になりえない」と、三吉の評伝のなかで書いている(『孤高の棋士 坂田三吉伝』集英社文庫)。