話題の映画『聖(さとし)の青春』を観た。二十九歳で亡くなった天才棋士・村山聖を描く大崎善生の原作がまず涙なしには読めない感動の徹夜本なのだが、この『聖の青春』の中で大崎は、十三歳の村山が真剣師(賭け将棋で生計を立てるアマ棋士)小池重明と偶然将棋センターで遭遇し、平手で対局、激戦の末に勝利したエピソードを紹介している(映画ではカットされていた)。
当時、小池は三十四歳。アマ名人戦を連覇、プロを相手に勝ちを重ね(後に村山の師匠となる森信雄にも勝っている)、圧倒的な強さを誇っていた。その小池から「僕、強いなあ。がんばれよ」と励まされたことで自信をつけ、村山は重い病を押して「プロになる」と決意するのだから、劇的な運命の交錯ではないか。
その小池重明を描いた徹夜本といえば、団鬼六『真剣師 小池重明』に止めをさす。とにかく小池は強い。新宿の将棋道場を拠点に勝ちまくり、奉られた二つ名が「新宿の殺し屋」。「通天閣の死闘」と呼ばれる激戦を制したり、泥酔して暴行事件を起こし、一晩とめおかれた留置場から駆け付けて大山康晴十五世名人との対局(角落ち)に圧勝したり、と、格好良すぎるくらい強いのに、いよいよプロへの道が開けようかという時にホステスに入れ込み、将棋道場の金を使い込んで逐電。重要な節目節目で必ず女に溺れて失敗する小池のジェットコースター人生から目が離せなくなる。
本書の魅力は、小池に何度煮え湯を飲まされようと彼の将棋を見たい、勝負に“乗りたい”と思ってしまう人間の不思議さを描いていることだ(著者の団もそのおかしな一人)。天才の一手に「夢」を託し、「夢」の先を見届けたいと願う人の姿が、また読む者の胸を打つ。(愛)