一般的知名度は決して高いとは言えないが、カルト的とも言える熱狂的な読者層を持つ小説家がいるものだ。2012年に歿した赤江瀑は、その最たる存在だった。絢爛を極めたバロック的な文体で綴られた情念と官能と惨劇の世界を、かつて瀬戸内晴美(寂聴)は「かぐわしいエメラルド色の毒酒の沈んだギヤマンの杯」に準(なぞら)えた。現在、新刊で入手可能な唯一の著書『罪喰い』は、そんな著者の作品から初期の傑作6篇を選りすぐった短篇集である。
特に表題作は、著者の作品でも1、2を争う逸品だ。奈良の新薬師寺で、国宝の十二神将のうちの伐折羅(ばさら)大将によく似た木像を持つ青年と出会った語り手の精神科医は、数年後に青年と再会し、彼とその師にあたる著名な建築家の異常な因縁を見届けることになる。天平と昭和、西洋と日本が「罪喰い」という不気味な風習を介して結びつき、その背景に、迂遠にして精緻な報復劇が浮かび上がる。あまりにも歪な、そしてアクロバティックなミステリーだ。
「獣林寺妖変」と「赤姫」は、著者が愛してやまなかった歌舞伎の世界が舞台。他の収録作は、造園、バレエ、サーカスと、それぞれ異なった世界を扱っているけれども、どの物語でも、登場人物たちは譬えようもなく淫靡であり、屈折しつつも直情的だ。彼らの行動は不条理に見えて、定められた運命の道を整然と歩んでいるようでもある。そんな彼らの修羅の生と死を装飾するペダントリーと美文が、赤江瀑という作家を唯一無二の燦爛たる存在としているのだ。芸能への執心、同性愛の熱気、古都の闇の気配……夜の夢を背徳の蜜で濡らすこと間違いなしの甘美で危険な一冊を、貴方の枕頭に是非どうぞ。(百)