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2020/01/23

今回のシューズ革命は“市民革命”だ

 話がすこしそれました(笑)。ヴェイパーフライの規制騒動に戻ります。僕の予想では、カーボンプレートについては、他のメーカーもナイキに追いつくべく、何年もかけて開発に取り組んでいますから、今さら禁止するのは難しいでしょう。また、現在発売されているヴェイパーフライが規制されることもないと思っています。

 それには理由があります。なぜ新たなレギュレーションが必要になったかというと、選手もメーカーも保守的だったから。選手たちは子供の時から履き慣れたメーカーを変えたがらなかったし、メーカーも商品を大きく変えて選手が離れてしまっては困ると、微修正しかしてこなかった。

 ところがナイキは後発メーカーであるがゆえに、ドラスティックに変えたシューズを開発できたわけです。そして長く止まっていた陸上シューズ界にイノベーションを起こした。これに反応したのが、いろいろなものを試すのが好きな革新的市民ランナーたちです。

 ヴェイパーフライが発売された当初、いち早く手を出したのが市民ランナーでした。初心者、上級者関係なく、トップ選手が履いたあの靴を俺も試してみたいと履き始めたのです。そして続々と記録が更新されてはじめて、あの靴は使えるという気運が高まった。つまり今回のシューズ革命は、「市民革命」だったのです。

ヴェイパーフライを履いて昨年の世田谷246ハーフで優勝した青山学院大・飯田貴之選手 ©EKIDEN News

ヴェイパーフライの魅力は速さだけではない

 ヴェイパーフライの優れているところは、速さを生み出すためのカーボンプレートだけでなく、怪我をせずに長く走れるソールの素材にもあります。これまでのシューズは長く走れるようになるほど、速く走れるようになるほど、故障のリスクが高まり、走るのをやめてしまう人も多かった。けれどもヴェイパーフライのクッションは、故障をせずに長く走り続けられて、しかも走る楽しさまで味わえる。僕はヴェイパーフライをドーピングだ、邪道だという人は、一度もあの靴を履いたことがないんじゃないかと予想します。だって、あの靴で走ると楽しいんですもん。

 カーヴィングスキーが登場したときを思い出してください。あんな簡単にターンができる板は邪道だ、2mの板を操るのが男だろうって散々言われましたよね。でも、初心者は簡単に綺麗にターンできた方が楽しいじゃないですか。で、結局、今となっては、ほとんどの人がカーヴィングスキーを履いているわけです。その楽しさを奪われたら、市民ランナーによるデモが起きたっておかしくない(笑)。

 レーザーレーサーと違うのは、そこです。レーザーレーサーは一部のトップアスリートだけのものでした。市民プールでレーザーレーサーを着て泳いでいた人、見たことありませんよね? 着るのも大変だったみたいですし。

 でもヴェイパーフライは違う。初心者からトップ選手まで、これを履いて楽しく走っているわけで、みんなにとって“自分ごと”なんですよ。この靴を取り上げられて困るのはトップ選手だけじゃないんです。走ることを楽しんでいる市民ランナーなんですよ。

 もちろん何かしらの規定ができるのは間違いないでしょう。むしろ今のように際限なくどこまでもソールを厚くしていいとなると、技術競争は起きづらいと思っています。リミットを設けることで、それを超えるためにどうしたらいいかと、各メーカーは知恵をしぼり始める。そこで、さらなる技術競争が起きるわけです。そう考えると、規定ができてから各メーカーのシューズがどう進化していくのかと想像した方が、今後の楽しみは増えると思います。

構成/林田順子(モオ)

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