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ナイキ「厚底シューズ問題」と「レーザーレーサー問題」を同列に語ってはいけない理由

ナイキ「厚底シューズ問題」と「レーザーレーサー問題」を同列に語ってはいけない理由

今回のシューズ革命は“市民革命”だ!

2020/01/23
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昨年の世界陸上で起きた“ありえないこと”

 昨年の世界陸上ドーハ大会ではありえないことが起こりました。ナイキ・オレゴン・プロジェクトに所属していたシファン・ハッサン選手(オランダ)がなんと1500mと1万mにダブルエントリーし、ともに優勝を果たしたのです。陸上をやっている方なら分かると思うのですが、この2つはジャンルが違うといってもいい競技です。1万mはスピード持久力が求められ、1500mはペースアップを切り替えていく瞬間的なスピードが求められる。違う種類のスピードが求められるのです。さらに1500mは予選、準決勝、決勝と3本のレースを走ります。一方で1万mもダメージが大きい種目。つまりハッサン選手は短い期間で4本のレースを走る必要があるった。この2種目で優勝するというのはとてつもないことなんです。

1500メートル・1万メートルともに優勝を果たした、オランダのシファン・ハッサン ©EKIDEN News

 そしてこの時にハッサン選手が履いていたのが、ナイキの「アルファ フライ」と同じ概念で作られたスパイクです。これまではより薄いスパイクでダイレクトにトラックの反発をもらって走ることが陸上スパイクの常識でした。それが前面にエアクッションをいれ、カーボンシートのたわみを活かすために陸上スパイクとしては厚めのソールを備えたスパイクを一部のトップ選手だけに投入したのです。

ハッサン選手が履いていたナイキの厚底スパイク ©EKIDEN News

 もちろんハッサン選手は今季絶好調。1500mからハーフマラソンまで出場するレースは圧勝しつづけてきた選手ですが。それはターゲットを絞ったからできたこと。スピード特性が違う2種目を短いスパンで疲労を残さずレースをこなすことができたことは衝撃的でした。日本ではマラソンばかりに注目が集まっていますが、実はトラックでもナイキのイノベーションが躍進していたのです。

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ナイキが狙っているのは東京オリンピックの次

 東京オリンピックを目指す選手にとっては、早く結論を出してあげた方がいいのは間違いありません。けれども、これだけ多くの選手がヴェイパーフライを履いていますから、もし規制対象となっても、一斉に乗り換えるだけなので、スタートラインは同じ。ある意味平等だと思っています。

 オリンピックは各メーカーにとっても最大のプレゼンテーションの場ですが、ナイキが本当に狙っているのは、東京オリンピックの翌年、2021年にナイキ誕生の地、オレゴン・ユージーンで行われる世界陸上だと僕はにらんでいます。

 会場となるのはオレゴン大学のヘイワードフィールド。Track Town USAと呼ばれ、アメリカ陸上にとって聖地のような場所です。ナイキ創設者フィル・ナイトはこのオレゴン大学陸上部出身。オレゴン大学陸上部ヘッドコーチ、ビル・バウワーマンと立ち上げたのが、いまや世界的企業となったナイキという会社です。オレゴン大学は本当の意味での「ナイキスクール」であり、このヘイワードフィールドは創業の地と言っても過言ではない場所。世界陸上に合わせ、フィル・ナイト財団による資金が投入され競技場を全面改修し、今年の6月までにはかつてない超近代的な「陸上競技専用スタジアム」が完成する予定です。

 ナイキが生まれた場所で行われる世界陸上で、ほとんどの選手がナイキを履き、ナイキを履いた選手たちが大活躍する様子が全米に生中継される。ナイキにとってこれ以上壮大なストーリーがあるでしょうか。それこそがナイキが本当に狙っているものではないかと思っています。

 しかし、その壮大なストーリーを打ち砕こうと、メラメラと闘志を燃やしている男がいます。川内優輝選手です。彼が虎視淡々と狙っているのは、ナイキのお膝元オレゴンで、アシックスを履いて勝つことです。ナイキ一色の戦場に、「ランボー」さながら日本人がたったひとりでゲリラ戦に挑もうとしている。こんな面白い図式があるでしょうか。

2018年のボストンマラソンで優勝した川内優輝 ©Getty

 ただし川内は、無名の日本人ではありません。2018年のボストンマラソンを制したレジェンドとしてアメリカでも知られています。川内が勝つか、ナイキが勝つか、どちらが勝っても絶対に面白いレースになります。