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被災地にこそタワマンが必要なのだ

「安全」「ハード」優先の復興で失われたもの

2017/06/13

被災した港に役所や学校を備えた高層住宅を

 たとえば、私なら被災した港に強固な人工地盤を作り、この地盤の上に巨大な高層建物を建設する。建物の低層部は吹き抜けにして、中層部に役所や学校、病院、老健施設、商業施設、公共施設などを、そして高層部には住宅を設ける。これならば人々は間近に海を感じ、海を眺めながら生活ができる。

 高層住宅に住むおばあちゃんもエレベーターひとつで大好きな海まで降りていける。港の前は住民が集まる広場にしてフリーマーケットにしてもよい。

吹き抜けの低層部で津波を受け流し、緊急時の非難場所に

 不幸にも再度津波が襲ってきても、高層建築物は、吹き抜けの低層部で津波を受け流し、津波の勢いに負けることはないだろう。建物内には防災グッズ、非常用発電機を完備し、ひとたび地震がおこれば、地域住民は安全な建物内にすぐに避難することができる。

 高層部には別にホテルやレストランを設けてもよい。多数の観光客が訪れて、見晴るかす海に歓声をあげ、被災地の復興を実感できることだろう。平面に展開してきた住宅を立体化して災害に対する耐性を強めるのだ。

 他にもいろいろなアイデアがあるだろうが、これが、大震災を受けての人間としての生きる知恵なのではないだろうか。ただ、高台に逃れ、今まで通りの家をこしらえるだけでは、高齢化が進み、人口減少に悩む地域の将来を見通す「解」にはならないのだ。

立派な施設が建っても地元に戻ってこない子どもや孫たち

 被災地の復興は「元通り」にするためにすでに何年もの歳月を費やしてきた。ハードという側面ではたしかに、道路や橋は元通りになり、高台住宅の用地は確保され、新しい学校や公民館は驚くほど立派な施設として蘇った。

 しかし、多くの漁民は高齢化なども相まって廃業する、子供や孫は震災を契機に都会に行ったまま地元には戻ってこない、というのがまごうことなき実態だ。

 ものすごくきれいになった新しい校舎完成のニュースは、画像としては美しく、あんなに悲惨な目にあった地域住民の方々にとってさぞや喜びもひとしおだろうと思う反面、カメラに収まっている小学生の数は、驚くほど少なく、せっかくできあがった高台住宅に住むのも足腰の具合が良くないお年寄りばかりであることに、こうした復興事業の多くが、ハード優先の理念に基づいた、形だけのものになっている姿をみることができる。

 復興という名のもとのハコにもソフトウェアが必要だ。それは人集めのためだけのゆるキャラやB級グルメではなく、生きるための知恵なのだ。

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