菊池雄星との対決直訴
ラジオは宝箱。四六時中リスナーに向け、聴いてもらいたい音楽、情報を惜しみなく流し続ける。視覚で勝負のテレビとは異なり、痒いところに手が届くような話を耳にした時はなんともいえない幸福感に浸れる。つい先日もそんな幸せの欠片を拾った。
千葉ロッテとの交流戦3戦目試合途中のこと。「明日のオリックスとの交流戦初戦の先発は小笠原投手です。彼は地元名古屋での西武戦で菊池雄星投手と投げ合いたい為に、(16日)金曜日初戦の先発を志願したそうです」。
思わずホホーッと声を上げ、慎之介の初志貫徹し続ける姿に改めて感心した。志願登板を訴えた背景を知らないと何のことはない先発情報に聞こえそうな話。だが実はこの対決、慎之介が自ら綴るサクセスストーリーを実現させる為には避けては通れない道なのだ。
“小笠原世代”には興味なし!?
2015年、中日ドラゴンズにドラフト1位で指名されるまでアマチュア野球の王道を走り続けてきた。神奈川県藤沢市立善行中学校では「湘南ボーイズ」に所属。3年夏には全日本中学野球選手権大会ジャイアンツカップで優勝を果たし、代表選手入りしたU-15アジアチャレンジカップでも優勝を経験した。
その後東海大相模に進学。3年夏の第97回全国高等学校野球選手権大会で優勝投手に輝いたのは記憶に新しい。同年ドラフトでは甲子園で鎬を削ったオコエ瑠偉外野手(東北楽天)、平沢大河内野手(千葉ロッテ)、佐藤世那投手(オリックス)、そして当時慎之介以上に評価が高く、最多の3球団から1位指名を受けた高橋純平投手(福岡ソフトバンク)ら同級生たちがプロの門を叩いた。周囲は世代の代表として、“小笠原世代”と呼ぶほどの活躍を期待してしまうし、当然本人もその名称は譲らない決意と覚悟で挑んでいるものと思っていた。そこでまたラジオの宝箱の登場だ。
昨年12月、ルーキーシーズンを終えての初となるオフ、地元名古屋のドラゴンズ応援番組でゲストに呼ばれた時のことだ。球界のライバルをクリーンアップに例えて答えて欲しいという質問に、慎之介は悩みもせずにあっさりとこう答えたのだ。
3番 上原健太(北海道日本ハム)
4番 高橋周平(中日)
5番 今永昇太(横浜DeNA)
誰もが同世代の名前を挙げると思っていただろうし、ましてやドラフト時には高橋純平の外れ1位という屈辱を味わっただけに彼の名前は真っ先に口にするはずだと頭に描いていた。
同僚の高橋周平は中学からの先輩でいつかは超えたい憧れの人という話であったが、注目すべきはあとの二人。ともに同じドラフトで指名された大学生なのだが、揃ってサウスポー。ここで合点。同世代ではなく、同じドラフトで指名されたサウスポーには誰一人として負けたくないという強い意志を感じたのだ。
「何故高橋純平ではないの?」の問いに、“右投手のことは分からないから”とまるで関心のない返答。野手はもはや論外。同じ投手でも右投手は全く眼中になし。いつかは球界トップのサウスポーに成り上がるんだと高い意識を心に秘めていたのである。