立地の特性をつかみ、取り込んだ
第1回に紹介した「高層ビルの最上階に広がる都会のオアシス、サンシャイン水族館」はこの夏にリニューアルした人気水族館です。もともとファミリー層からカップルまで、支持層の広い水族館ですが、最近はさらに、仕事帰りに立ち寄る、「つかのまオアシス」として利用する人も多いと聞きます。水族館が日常の癒しスポットになっているのですね。
こうした水族館の役割が広がってきたことも、中村さんの哲学が反映された結果ではないでしょうか。人も建物もぎっしりの都会で暮していると、巨大な水槽を前にするだけで、ほっとします。そればかりか、優しく包み込まれているような、不思議な安心感も。中村さんは、「本物の自然とふれあいたいけれど、時間も体力もない場合は、水族館にきてほしい」といいます。
また、都会の特性を生かした展示もたくさんあります。
一例が名物のアシカの水槽。下から見上げれば、天空に高層ビルとアシカが一体となった摩訶不思議な景色で、まさに都会でなければ味わえない風景が待っています。さらにリニューアル後は、都会のビル群を背景にした「天空のペンギン」が! 体験したことのない、世界が待っています。
学ぶべきは現場から。ときには生き物から
さきほどの「竹島水族館」で、中村さんは温かい放任力で若手を重んじたのでは、と分析しましたが、その過程で中村さん自身もまた、若い後輩たちから新しいことを学んでいます。
中村さんご自身の師匠は、ときに若者だったり、展示の生物だったりすると、『水族館哲学』の中で書いています。
「しまね海洋館AQUAS」を一躍有名にした展示に、イルカのバブルリング(口から丸く泡を吹き出す)があります。このしぐさはもともと、子どものイルカがするのだそう。バブルリングは彼らの遊びのひとつといわれています。それを大人のイルカがマネをして広がり、さらにほかのイルカに伝播していく……子どもの遊びから学ぶ大人イルカの姿を見て、中村さんも若者の文化を真似てみる、のだそうです。
こうして中村さんの選んだ水族館を見ていると、中村さんの哲学に少しだけ近づける気がします。水族館には最新の生物の研究や最新の技術がいくつも備わっていますが、いつでも人の生活と切り離すことなく、彼らから学んで、人に還元していく。その姿がありふれた水族館を、驚きの水族館に変えていく原動力なのかもしれません。
文・写真 中村元