水族館プロデューサーの中村元さんが上梓した『水族館哲学 人生が変わる30館』から、いくつかの個性的な水族館を紹介しました。どの水族館も、心躍る展示のウラで、ぎりぎりまで力を尽くした試行錯誤と生き物に対する温かいまなざしとが凝縮されています。いっぽう、残念ながら閑散としたレジャー施設が全国にはいくつもあります。本書にとりあげられた水族館はどこが違うのか、番外編で、水族館に見る中村さんの仕事術にスポットを当てました。
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弱点を武器に変えた
第3回「弱点だらけの水族館が人気スポットに。北の大地の水族館 山の水族館」で紹介した「北の大地の水族館」は、集客にはまったく不向きな条件でした。北海道のさびれた温泉街。車も通らないほど便が悪く、冬の気温はマイナス20度。入館数は年間2万人弱。立て替えプランにあがってきた予算は、極小。
この仕事を中村さんはどうして引き受けたのか。 しかも、無謀な計画を前に、「ボランティアでプロデュースする」と言ってしまいます。
「弱点だらけで、そこが魅力的に見えた」
この発想に、中村さんが特異なプロデューサーである一端が垣間見えます。
型どおりであれば、極寒は克服するものですが、そうでなくて、「極寒を長所」と捉えるのが中村さんの流儀です。
その成果が、凍った川の下の魚の生態が、世界で初めて見られる川水槽となりました。 そればかりか、淡水熱帯魚の飼育に、節約のために使っていた温泉のお湯を「魚が美しく育つ」とアピールし、地元の温泉街に貢献しています。
若手に任せた
第4回の「ショボイ水族館の裏技が凄い。竹島水族館」で、奇想天外な発想で再生を図り、成功したポイントは館長さん。この方は、中村さん自慢の門下生です。
中村さんは弟子の館長・小林龍二さんに、改革のヒントをあたえたけれど、あとは小林さんが必死に考えた技が功を奏し、廃館寸前からみごとに人気水族館に変身しました。その仕事のどれもが、手作りのよさにあふれ、温かく、スタッフとの連携がよいことを想像させます。おかげで、館外のファンまでもが、ボランティアとして水族館を応援しています。
もし、中村さんが、小林さんのアイデアにあれこれ口を出したら……師匠は著名な水族館プロデューサーだけに、小林さんの自由な発想と懸命な取り組みが萎縮してしまったかもしれません。しかし、中村さんは弟子に信頼をよせて自主性を重んじ、任せました。来館する人とスタッフの距離が近い、アットホームな水族館は、師匠の温かい放任力が生んだのかもしれません。