「笑い」がキーワード
阿川 あるとき仕事でヘトヘトになって父の病室にたどり着いたとたん私に「酒をつけてくれ」「このチーズはまずい」とあまりにも好き勝手なことを父に言われたんです。悲しくなっちゃって、家に帰って「も~お父ちゃん大嫌いだあ!」って大きな声で叫んだ。そうしたら、母がびっくりして、「何をそんなに怒ってんの? どうでもいいけどアンタお父ちゃんそっくりね」そう言われたとたん笑っちゃって。怒りがぶっ飛んだ(笑)。
朝井 ナイス・ツッコミ。
阿川 それからは、介護中も笑えるところを探すことにしました。
朝井 私たちにとっても、「笑い」は介護のキーワードでした。チームで申し送りノートを作っていたのですが、「お母さん、今日、こんなことで笑ったよ」と、ニコちゃんマークを付けたんです。介護は子育てとは違って達成感が得にくいから、人によっては報われないと考えがちです。その時に、あと何回一緒に笑えるかと考えることは、私たち自身の支えになりました。
江戸時代も、老いと笑いをうまく絡めていました。当時の川柳には、「死水を嫁にとられる残念さ」というブラックな味わいも(笑)。私が好きなのは「鶴の死ぬのを亀が見て居る」。私の解釈ですが、長年連れ添った夫婦で、相方が息を引き取ろうとしている場面の達観を感じるんです。残る方ももうほとんどボケているのだけれど、もはやめでたさ感すら漂って、よし、私も夫を看取る時は亀の境地で行こうと(笑)。
阿川 「やーいボケてる」なんて茶化しながら世話したりしてね。そういう、コミュニケーションが成り立っているのがいいですよね。ボケを笑って受け入れる社会は、とても懐が広くて豊かなんだと思います。
朝井 老いと闘う、死に抗うといった選択肢がなかったですからね。それでも、老いや衰えを笑い飛ばした彼らの生き方に学ぶべきところは多いんじゃないでしょうか。
阿川 介護体験の中に小さな笑いを見つけると、よし、これ書いてみようとか友人に話してみようなんていう気持ちになる。そうすると、いつのまにか、キリキリしていた気持ちが落ち着くことはありますからね。
出典:文藝春秋2017年6月号