1ページ目から読む
2/2ページ目

僕の未来、ムニスの未来

 それからムニスがファンと交流することはなくなり、試合後はすぐに室内練習場へと向かった。ひたすら打撃練習を続ける音が響いた。家族の姿も見られなくなった。

 そしてシーズン終盤に、あの日がやって来た。ムニスは成田空港に向かい、Yさんはそこで彼に別れを告げた。「ムニ、泣いてたよ」。翌日、Yさんは静かにそう言ったが、僕は何も言わなかった。

 翌年、僕は大学に進学したが、すぐに中退した。ほとんど引きこもりのような生活を続け、浦和球場に行くことも無くなった。Yさんともファンの人々ともそれっきりだ。

ADVERTISEMENT

 時は経ち、僕は引きこもりを脱して、ライターになった。なんだかんだで、思ったよりも楽しく生きられている。41歳になったムニスは、それでも現役を続けて、今年のWBCブラジル代表に選ばれた。予選でイギリスに敗北し、本戦出場はならなかったが、最終回に三盗を試みてヘッドスライディングをした。

2016年WBCブラジル代表のムニス ©getty

 僕は変わり、ムニスは変わらなかった。たぶん、それでいいのだろう。次のWBCは4年後に開かれる。その時僕とムニスはどうなっているのだろう。僕はライターを続けられているだろうか。ムニスはヘッドスライディングをしているだろうか。時々、そう考えてしまうのだ。

◆ ◆ ◆

※「文春野球フレッシュオールスター」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイトhttp://bunshun.jp/articles/3322でHITボタンを押してください。

■その他の出場コラム
【イースタン・ロッテ】いつまでも走れ、カルロス・ムニス
【イースタン・DeNA】1998年10月8日、池袋東口で
【イースタン・DeNA】35歳会社員の私が、なぜ須田幸太を応援したくなるか
【イースタン・ヤクルト】戸田球場に響き渡るブルペン捕手・小山田貴雄の声
【ウエスタン・オリックス】突然消えたマスコット「八カセ」への異常な愛情
【ウエスタン・広島】今井啓介にどのようなエールを送ればいいのだろう
【ウエスタン・広島】丸佳浩に花丸を! 『勝浦カットサロンまる』にて
【ウエスタン・中日】大事なことはすべて星野仙一様に教わった