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【アカデミー賞】17部門的中のMs.メラニーが語る、ポン・ジュノ監督の“恩返し”スピーチに感動した理由

授賞式の心に残る名スピーチを特別公開

2020/02/12

 映画会社23年間勤務の“オスカー予想屋”、Ms.メラニーは2019年度第92回アカデミー賞で、作品賞の『パラサイト 半地下の家族』をはじめとする17部門を的中させました。Ms.メラニーはポン・ジュノ監督の受賞スピーチを振り返り、こう語ります。

「ポン・ジュノ監督の監督賞受賞スピーチで印象に残ったのが、いかにスコセッシ監督を尊敬し、彼の背中を追ってきたかと、西洋では無名の自分を常に応援してくれたタランティーノ監督に対する感謝でした。映画業界で働いていると、タランティーノ監督やスコセッシ監督がいかにアジア映画を称賛し、若い監督をサポートしているかが良く見えます。ポン・ジュノ監督が、その恩返しを最高の晴れの場でしているのを見て、心から感動しました」

 著書『なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」』(星海社新書)から、過去30年間の授賞式で心に残った名スピーチを特別公開します。

ポン・ジュノ監督(左)と通訳を務めたシャロン・チョイ氏 ©︎AFP/AFLO

「ドモアリガト、ミスター・ロボット」

 私が見てきた30年間の授賞式のなかで、特に心に残っているスピーチや思い出深いエピソードを、いくつかご紹介しましょう。

 30年も見ていますから、その年々で印象に残るスピーチは結構あります。そんな中、日系人や日本人の受賞はやはり特別。受賞するたびいつも嬉しくなります。

 私のオスカー鑑賞史の中で最初に見た日本人の受賞は、名誉賞の黒澤明監督です。80年代、90年代ではほかに、スティーブン・オカザキ監督(91年作品『収容所の長い日々/日系人と結婚した白人女性』で短編ドキュメンタリー映画賞受賞)や伊比恵子さん(98年作品『ザ・パーソナルズ~黄昏のロマンス~』で短編ドキュメンタリー映画賞受賞)などが日系人、日本人として印象に残りました。

黒澤明監督 ©︎文藝春秋

 2007年度には、2人の日本人が受賞をします。『おくりびと』(08)の滝田洋二郎監督と、『つみきのいえ』(08)の加藤久仁生監督です。この時の加藤監督のスピーチは、私の中でいまだに歴代ベスト3に入っています。

 加藤監督はちゃんとスピーチを考えてきていたようで、ゆっくりと、ちょっとたどたどしい英語で話し始めました。「サンキュー、マイサポーター」「サンキュー、オールマイスタッフ」「サンキュー、マイペンシル」「サンキュー、アニメーション。」それは、シンプルながらも心のこもった、とてもオリジナルなスピーチで、見守る観客も皆、温かく微笑んでいました。

 そしてそのスピーチの最後を、日本語で締めくくったのです。

「どうもありがとう、ミスター・ロボット」

加藤久仁生監督 ©︎時事通信社

 ここで会場には大きな笑いが起こりました。なぜならこの締めの言葉は、米国のバンドStyx(スティクス)の「MR.ROBOTO(ミスター・ロボット)」という懐かしの名曲の歌詞を借りたものだったから。同曲の歌詞は「ドモアリガト、ミスター・ロボット」というフレーズが何度も出てくるのです。

 さらに言うと、『つみきのいえ』の制作会社が日本のROBOT(ロボット)という会社で、実はこの締めの言葉は会社名と歌をかけている――とわかっている協会員がどれくらいいたかはわかりません。が、日本人の私たちにはそれが伝わりましたし、その歌のフレーズを引用することで、会場の協会員たちもジョークだと気づき、笑いが起きました。

 このスピーチは本当にブラボーでした。現地の人にも伝わり、まぎれもなく自分の言葉で心のこもったスピーチをする。ROBOTのスタッフたちも本当に嬉しかったでしょう。今まで見た中で一番くらい、心に残ったスピーチです。