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自分の精神的な骨格には無かった何かがペタペタ貼り付けられている
たぶん、子供がいなければマリアナ海溝や南極の海に潜る潜水艇の映像に感動することもなかったであろうし、科学博物館の常設展に行って地球史・生物史・人類史の奥深さに感じ入ることもあり得なかったでしょう。相模原の海は実に豊かな生態系をもっていて、150年も前から探査していたのだと言われると「あっ、そうだったんですか。本当に申し訳ございません」と立ち入ったことのない分野に広がる膨大な知識の前に打ち震えるわけであります。
そして、夕方まで科学博物館で深海展と常設展を楽しんだあとは、今度は東京ドームシティにある宇宙ミュージアム「TeNQ(テンキュー)」に行けと言われ、夜まで電波望遠鏡の動画とか木星探査機ジュノーの偉業解説パネルに付き合わされます。
なんだろう、この自分の人生が子供たちの夏休みに削り取られている感じは。その代わり、自分の精神的な骨格には無かった何かがペタペタ貼り付けられている、この感覚。自宅のリビングには土星の模型やら三葉虫の化石やら鉱物資源のサンプルやら深海展の図録の類やらが散乱していて片付けるのが面倒くさい。
子供たちは楽しい夏休みの序盤を思い切り遊んで疲れて早々に寝るんですけど、私なんかは23時を過ぎたいま、初めてパソコン開いて文春オンラインの原稿を書き始めたりしているんですよね。「学校に通っている」って、親にとっても偉大なことなんですね。育児に奔走している読者の皆さまにも、よりよい親子関係と長く思い出に残る夏休みを送っていただければと願っております。
写真提供=山本一郎