忙しくても1分で名著に出会えるあの大好評連載、『1分書評』が帰ってきました。
沢山のリクエストをありがとうございました!
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○『いつも、気づけば神宮に』(長谷川晶一 著)
ミュージシャンとしてどうにかやらせて貰っているけれど、音楽を聴くよりも先、7歳の時にプロ野球を知った。それ以来、東京ヤクルトスワローズというチームを応援している。
「絶対に負けない野球チームと絶対に勝てない野球チーム、どっちのファンになる?」
これは究極に難しい質問だ。絶対に負けない野球チームなんて応援しがいが無いし、絶対に勝てない野球チームなんて応援していて悲し過ぎる。そもそも、どっちもあり得ない。
子供の頃、うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どっちを食べるか散々悩んだのを思い出す。
2017年7月7日、あの日は久しぶりに余裕を持ってテレビを見ていた。試合開始から、今までが嘘のように打線が繋がって、たっぷり溜め込んだ鬱憤を晴らすかのような展開。こんな日があっても良いだろう、月曜日から金曜日まで働いてやっと貰える土日休みのようなものだ。そんなことを思っていた。
8対3で迎えた9回表、新守護神のライアン小川が打ち込まれて、じわじわと追い上げられていく。ついに2点差、ホームランが出れば逆転という場面。マウンド上、深い息を吐き出す間も流れ続ける尋常じゃない汗は、最悪の妄想をかき立てる。投げて打つ、たったそれだけ。
逆転ホームラン。
バックスクリーンから跳ね返った白い星がボテボテとふてぶてしく転がって、地獄のようにうねる真っ赤に染まったレフトスタンド。地獄のようではなくて、地獄だった。あれを奇跡と呼ぶ人が居れば、悲劇と呼ぶ人も居る。ロマンチックな劇的勝利の裏側には、うんざりする程にリアルな負けがこびり付いている。でもそれは、そこにしかない特別な味がする。アイスクリームのフタの裏のそれのように。下品だと言われても、あれを舐めるのはやめられない。
「なんと、あの蓋の裏にこびり付いた部分だけを手間暇かけて抽出しました」という謳い文句の超高級商品、「アイスのフタの裏」が発売されたら、どんなに高くても絶対に買うのに。
申し訳ございません、話が急にそれてファールになってしまいました。フェアゾーンに戻します。
ぼうっとする頭を動かして、恐る恐るスコアボードを見たら、ちゃんと8対9になっていた。あっさり終わった9回裏の攻撃を見届けてからテレビを消した。耳鳴りのようにしばらくこびりついた悲鳴のような歓声。
あの日に大事な何かが死んだ。それ程に、大きな経験だった。
東京ヤクルトスワローズは、それ以降も負けを重ねて、なんと14連敗。それでも1敗ごとに、ちゃんと悔しかったし、ちゃんと悲しかった。
あの時どうしてたら、あの時こうしてれば、余計なお世話だと知りながらもあれこれ考える。負けだって味はするから、ちゃんと味が無くなるまで噛んで、時々膨らまして風船を作ってみたりして、そうやって次を待つ。次まで気持ちをつなぐ。
他人の応援をしている余裕なんて無いからこそ、他人を応援しているんだと思う。
重ねて、託す。失望して、絶望して、腹を立てて虚しくなっても、ちゃんと次を見せてくれる。負け、の先を見せてくれる。幸せとは言えないけれど決して不幸ではない。だって、好きという気持ちは、負け、には負けないから。
「絶対に負けない野球チームと絶対に勝てない野球チーム、どっちのファンになる?」
よく負けてたまに勝つチームだけど、この本を読んで、改めて東京ヤクルトスワローズのファンで良かったと思った。
7月23日、神宮球場1塁側内野席で、レフトスタンドからの「あと一球」コールに奥歯を噛み締めながら。