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ペレーズ 難しいところですね。一つはベルリン市民が「ホロコースト」の全体像を知っていたかどうか。何か良からぬことが起きていることには勘付いていたかもしれませんが、全体像は分からなかったと思います。

 ドイツ国民がナチスを支持した心情も、ある程度は理解できます。

 第一次世界大戦に負けたドイツには屈辱的な賠償金が課されます。当時、ドイツ国民は6000万人、フランス国民は4000万人で、ドイツの方がはるかに大国でしたが、生活は困窮し市民は惨めな思いをしていました。

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 そこに一人の男が現れた。彼は「ドイツ人は優れている」「ドイツの方が強い」と訴え、それを聞いた国民は誇りを取り戻したのです。政権を取ったヒトラーが最初にやったのは強力な経済対策です。実際に生活は改善された。そこで国民はヒトラーの罠にはまった。「ヒトラーについていこう」と考えても仕方のない当時の状況を考えれば、彼を支持した人々を「有罪」とは言い切れない。

悪事をなすのは思考停止の凡人

大西 しかし、結果としてホロコーストが起きてしまった。『全体主義の起源」を書いたユダヤ人哲学者のハンナ・アーレントは「悪事をなすのは悪人ではなく、思考停止の凡人である」と言っています。ベルリンの市民たちも、ある種の「思考停止」の状態に陥っていたのではないでしょうか。

ペレーズ 経済を改善し、国民の支持を取り付けたヒトラーが次にやったのは、言論の自由を奪うことでした。ナイトクラブを閉鎖し、正義派の判事を排除した。相互監視の仕組みを作り上げ、たった1年でドイツを全く違う国に変えてしまった。

 ナチスの最大の政敵は共産党で、ドイツ国民の政治的な選択は「ナチス」か「共産党」かの二者択一だった。そこでヒトラーは国会議事堂を燃やし、それを共産党の仕業に見せかけた。情報統制と情報操作により、国民の思考力を奪っていきました。思考力を失ったドイツ国民は、自分がより良いアパートに住むために、隣のユダヤ人を告発するようになりました。

 

人々を思考停止から解き放つために

大西 思考力を失って「全体」に流されるうちに、罪悪感を持たなくなってしまったのですね。

 私が取材した東芝の社員も、上司の命令で粉飾決算を実行したあと「感じたのは罪悪感ではなく達成感だった」と言っていました。当時の社内メールのやり取りなどを読むと、「チャレンジしろ」「目標を達成しないと事業を売り飛ばすぞ」と言われ続けた東芝社員は、いつしか自分の頭で善悪を判断することをやめ、盲目的に上からの命令に従うようになっていきました。私はこれを「サラリーマン全体主義」と名付けました。「全体主義」は決して過去のものではなく、現代の日本でも、起こりうることなのでしょう。人々を思考停止から解き放つためには、何が必要なのでしょうか。

ペレーズ 人々を思考停止から解き放つ上で、メディアの役割は重要です。本当のことを知らなければ、正しい結論は出せません。今、心配なのは世界中で情報操作が行われていることです。真実かどうかはどうでもよく、とにかく政敵にとってネガティブな情報を流して相手のイメージを破壊する。メディアはもっと他に報じることがあるはずなのに、そうした情報操作に易々と加担している。ヒトラーが登場する前夜のドイツでは、国民が強いリーダーシップを持つ指導者に飢えていました。今はフランスやアメリカや日本が、当時のドイツのように危険な保守化に向かっている気がします。

東芝 原子力敗戦

大西 康之(著)

文藝春秋
2017年6月28日 発売

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