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交渉の巧みな北朝鮮から言葉を引き出す技とは?

『国連で学んだ修羅場のリーダーシップ』(忍足謙朗 著)

池上 忍足さんの本には、北朝鮮政府と粘り強く交渉して少しずつ譲歩を引き出したとありますが、その秘訣は何ですか? 彼らは、ほとんど本音を言わないでしょう?

忍足 公式の席ではね。でも、地方への視察旅行中などに、いわゆる「食事の外交」というのがあります。そこは実にアジア的なんです。彼らは酒に強いし、お互いにビールや焼酎を飲みながら、カラオケも歌って、非公式なコミュニケーションを取るのが結構大事です。もちろん正式な交渉のテーブルにつけば、担当者レベルでは絶対に折れませんよ。でも、その後に開かれる政府主催のディナーの直前などに高位の役人とスモールトークするときがチャンスで、「そちらの立場もわかる」という言葉を引き出すわけです。

池上 昔、金丸信の訪朝団が行ったときにも、正式な日朝交渉のときには「ノー、ノー、ノー」の一点張りで、最後の最後に金丸だけが別の場所に呼ばれ、幹部が出てきて一気にいろいろ決まったと聞いています。その方式だな。金丸はその罠にまんまとはまり、国交正常化したら、戦後、韓国に渡したのと同額くらいの金を現在のレートで北朝鮮に渡すと、具体的数字まで口走ったと言われていますね。

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忍足 彼らは非常に戦略的だし、交渉はすごくうまいです。 ただ、少しずつ譲歩を引き出して前例を作ることが大事なんです。我々はそのようにして、支援のため、ある程度自由に移動できるようになりました。北朝鮮で活動している国際機関の中で最も自由に動けるのがWFPだと思いますよ。

池上 公用で行った外国人は万寿台に行き、金日成、金正日の銅像に花束を捧げるそうですね。

忍足 別に強要されるわけではないですけれど、毎回連れて行かれましたね。

万寿台にある金日成、金正日の銅像。©WFP/Kenro Oshidari

 池上さんは万寿台に行かれましたか?

池上 万寿台も行きましたし、金日成の遺体が安置されている錦繍山の太陽宮殿にも行きましたよ。これまでに世界四大遺体を全部見ています。金日成、レーニン、毛沢東、ホー・チ・ミン。見ていないのは金正日だけ。 昔はレーニン廟の中にスターリンの遺体があったけれど、後に批判されたおかげでスターリンは後ろの英雄たちのお墓に移された。レーニンと違って、やっと安眠の地を得られたわけです。かわいそうなのはホー・チ・ミンで、「死んだら必ず灰にして埋めてくれ」と遺言したにもかかわらず、ハノイのホーチミン廟で観光客に見られ続けています。

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おしだり・けんろう

1956年、東京都生まれ。国連世界食糧計画(国連WFP)元アジア地域局長。School for International Training(アメリカ・バーモント州)で国際行政学を学び、修士号取得。30年以上にわたり国連に勤務し、人道支援、開発支援の現場で活躍。WFPでは、ボスニア紛争、コソボ紛争などの紛争地、カンボジア、スーダンでも大規模な緊急支援の指揮をとる。北朝鮮の食糧支援にも関わり、何度も視察に入った。2015年に帰国し、国際協力に興味をもつ若い世代の育成に貢献している。TBS「情熱大陸」やNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演し話題となった。

 

いけがみ・あきら

1950年生まれ。長野県出身。73年にNHK入局、2005年よりフリーに。名城大学教授、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院特命教授。「文春オンライン」の「聞いてみた!」シリーズも好評公開中。

 

#2へ続く

国連で学んだ修羅場のリーダーシップ

忍足 謙朗(著)

文藝春秋
2017年8月8日 発売

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